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【短編小説】跳ねた天使の後ろ髪

「結婚するまでに、今までで一番綺麗になるから」

彼女にプロポーズをしてから早一ヶ月がたった。お互いの両親に挨拶に行ったり、友達に報告したり、結婚式の日取りを決めたりと、忙しい毎日を送っている。

そんな最中、彼女は宣誓でもするかのように右手を突き上げて言った。

ソファで猫背気味にテレビを見ていた僕は、突然の出来事に目を丸くしながらひとまず見守ってみる。

「今まではあんまりお手入れとかってしたことなかったけど、今日からはきちんとやるから。真夜中に甘いもの食べるのもやめるし、お肌のお手入れもする」

彼女は闘志に燃えた瞳で僕を見つめ、そう宣戦布告した。当の僕は何と返事をしたら良いか分からず、あっけにとられながら両手を合わせてパチパチと拍手してみた。

すると彼女は満足したらしく、キッチンでお気に入りのココアを用意してソファに腰を下ろした。僕には猫舌でもすぐに飲めるように少しぬるく作ったコーヒーを出してくれる。

今日はかねてから彼女が希望していたチャペルが主宰する、模擬結婚式を見に行った。基本的には会場の下見をしたり、式で出される料理を吟味する目的で開催されている。

しかし彼女はそんなものよりも、モデルと思しき女性の輝くような美しいドレス姿に目を奪われていた。遠くからでもわかる整った顔立ちと、磨き上げられたスタイルは、男の僕から見ても確かに綺麗だと思う。

「あ、あとは髪の毛! 髪の毛のお手入れもする! ツヤツヤで滑らかで真っ直ぐにする」

そして何よりも印象的だったのが、モデル女性の髪だ。結婚式というと基本的にはアップスタイルが多いようだが、今回は模擬ということでベールなどはしておらず、髪も丁寧に櫛が入って下されていた。

その姿に彼女は痛く感動したようで、自分はアップスタイルに決めているというのに、帰り道はしきりに「素敵」と繰り返していた。

「だから、今日からはちゃんとトリートメントもするし、ブローもするから」

彼女がそう力強く言うと、後ろ髪のくせっ毛が嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねた。それが可愛らしくて少し笑うと、彼女はむすっとした顔でそっぽを向く。

「可愛くて笑ったんだよ」と素直に伝えても、一向に取り合ってくれる様子はない。僕はどうすれば彼女の機嫌が取れるかを考えながら、跳ねた後ろ髪を撫でる。

綺麗になろうとする、君は誰より美しい。

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七屋 糸
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