ふわふわの裏
マダム・シーラのしたためた紹介状は、彼女があの街でカフェを営む前にいろいろ相談に乗ってくれたという、ほとんど師匠筋にあたるような先達の店宛てだった。なんでも、店主の一族が百年近く続けている店らしい──となれば、さぞや格式も高く、荘厳でかっきりとした店だろうことは想像がつく。
そういうところで一度鍛えられるのも、また人生には必要かな──怖いけど。
などと思いながら、紹介状の隅に書き添えられた住所と街区表示を見比べつつ、角を曲がった、その先には──石造りのいかめしい店舗は、ピンクや赤を基調とした、あざやかなチェック柄のリボンでこれでもか、と飾りまくられていた。
「……え」
ここで合っているよね、と、紹介状と店名を見比べる僕に。
「ああ、あなたね! マダム・シーラの紹介で来たのは」
僕とほとんど変わらない、ほとんど女の子と言っても差し支えないくらい若い女性が、ロイヤル・ブルーの扉を開け放って、僕のもとに近づいてきた。
「あ、あの……あなたは」
「店主のレーヌよ。店主とはいっても、マダム呼びだけはしないでね」
マドモワゼル・レーヌの、夕暮れの光が照らす金髪も、あざやかな青い瞳もまぶしくて、思わず目を細めながら、僕は問いかける。
「え、えっと、じゃあ──マドモワゼル・レーヌ、あの、たしかマダム・シーラの紹介してくれた店というのは」
「ああ、ここで合ってるわ」
扉の色とリボンの色とが、なんとなく色彩があふれすぎているような気がして、僕は目をぱちくりさせてしまっていた。
「あ、あの……マダム・シーラからは、何代も続く格式のある店、と」
「んー、三年前までおじいちゃんが睨みを利かせていたときは、あなたの想像したとおり、十八歳以下お断り、筋の通った紹介状のないひともお断りの店だったわ。
でもそのかわり、この店の扉を開けた者は一人前の男と見なして相応にもてなす、みたいな店だったの。でもね、わたしが継いだ時に思い切って方向転換したのよ──とても現実的な理由でね」
昔からの既得利権を維持するのも大変だからね、と、自ら「マドモワゼル」と呼んで、と促してきた彼女は言う。
「ですが、先代がこれを見たら」
「今でも反対してるわよ、『ふわふわ』ばかりはびこらせて、って」
でもね。マドモワゼル・レーヌは緑色の目を光らせて言う。
「ふわふわした食べものを楽しんで食べながら、ふわふわした夢を追わなくて、なんの若さっていうの? 眉間に皺寄せて厳めしい顔して、難しい方向にばかり考えごとをするのなんて、中年過ぎてからだって余裕で間に合うわ」
幸いここ、高等学院や大学も近いから、スフレとショコラが目当ての学生さんで収益も上がったのよ。だから、お祖父ちゃんに文句ばかり言わせないんだからね、と語るマドモワゼル・レーヌの、けしてふわふわとはしていない覚悟と意気込み。
それを見た僕は──ひとも店も、けっして見かけだけで判断してはならないと学ぶ機会、と肝に銘じ、今日もせっせと厨房で、店の看板商品であるふわふわスフレのふわふわクリーム添えの調理に励んでいる。
novelber 12.ふわふわ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?