短信
「そーれいっ!」
バーの扉を閉めた、午前零時。お疲れ様でした、と、ムッシュ・ダロンドに声をかけ、短期滞在者用のホテルともアパルトマンともつかぬ部屋に戻る途中、僕と同い年くらいの少年が、海に向かって何かを投げているのを見た。
「もーひとつっ!」
燈台の遠い光が時折、波と水平線のあることを教えてくれる海に、ぽちゃんと音を立てて落ちていくのは──
「……瓶詰の手紙?」
思わず呟いていた僕に、少年はハッとして振り向いてから──にっ、と笑った。
「手紙といえばそうかもしれないけど、でも、手紙って受け取る誰かが確実にいるか、そうじゃなくてもその誰かのイメージがあって初めて書くものだろ。だからこれは──そうだなあ、ぼくについてのちょっとした紹介文かな」
「紹介文?」
「──そう」
少年の顔から、ひとなつこそうな笑顔が消える。そして、これ以上ないくらい真剣な横顔が、たよりなげな月明かりに映し出された。
「リシャール・メロー、13歳。地球産。ぼくをここではないどこかへと、連れ出してくれるもの、募集中」
それが少年ならではの夢見がちな願いではなく、ほとんど祈りすれすれの切実なそれなんだ、と伝わり感じるものがあるからこそ──僕は何も言えないまま、それでも、リシャールの背から目をそらせなかった。
そういえばこの海、燈台の光がないと、星降る空と海との境目が、ほんとうに一瞬だけあいまいになるから、海に船出したつもりがいつの間にか空を漕いでる、なんて錯覚できそうだな──そう、思うほど。
(リシャールの手紙にわざわざ「地球産」って書くわけだ。あの手紙を見た応募者が、地球のどこかからだけ来るとは限らなさそうだもの。この海に投げていれば、なおさら)
背後で、そんなことを思っている僕に気づいているのかいないのか、リシャールの腕がしなうたび、手から放たれた瓶は放物線を描いて海へと落ちていく。
(でもさ、リシャール──……この港町から連れ出されたいのだとしても、ここと地続きのどこかのほうがいいような気がするんだ、僕は。地縁も何もないところに行くのは、気軽なように見えて、いろんなことがとても重いこともあるから。
……ましてや、地球の外になんて、さ)
余所者の野暮な願いは声にせず、リシャールの手を離れた瓶が、すこし大きな波音をたてて海へ吸われていくのを見送ってから。
──僕なら、なんと書くだろうか?
そんなことをつらつら考えながら、僕はリシャールの背と、その先にひろがる海からようやく視線をはずし、部屋への帰途についていた。
novelber 20.地球産
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