深秋のうた
秋が深まるたび、舞台に立つ歌い手は溜め息すれすれの吐息を交えた、客に囁きかけるような歌をのせるようになる。これは、意気揚々と旅路についたものの、加減も知らずに使っていた路銀がいよいよ尽き、空腹と不安で道の端にうずくまっていた僕を拾ってくれた酒場で知った、外の世界における法則のひとつ──かもしれない。
「でも不思議なのは、酔って騒いでいたお客さんたちも、そういう曲がかかると一斉にしゅん、とおとなしくなるんですよね──どうしてなんですか?」
モップを繰る手を止め、尋ねていた僕に店主が笑う。
「まだお前さんにはとんと分からんだろうが」
後学のために教えといてやる、いつもの口癖に続けて、店主は厳めしい顔つきで口を開いた。
「秋は過ぎた恋をゆっくりと胸のなかで灯すのにいい季節さ。そのことを歌い手たちは熟知している」
店主の言葉を、ふむ、おとなとはそういうものなのか──と子どもらしい素直さで納得した僕が、たとえ過ぎ去ろうとも恋が恋であるがゆえに、胸につきんと痛みがはしるせつない吐息混ざりの歌を重ね聞くようになるのは、さあ、いつの話になるだろう。
Novelber 2.吐息
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