指折り数えの幸運は
「さあ占って! マダム・ルイーゼ!」
マダム・シーラの店の片隅で、のんびりとタロットカードをめくっている、いささか時代がかった灰色のドレスをまとう老嬢に、ステージダンサーのベレニスが詰め寄った。
「……御免被りたいねえ」
やわらかな口調でしっかり拒絶したマダム・ルイーゼだが、ベレニスも引き下がる気配はない。
「もう、そんなこと言わないでよ! アタシにとびっきりの幸運がいつ舞い込んでくるのか、教えて欲しいの!」
「……ふむ、なら、アンタの言う『とびっきりの幸運』てのはなんだい?」
マダム・ルイーゼの問いに、ベレニスは指を折りながら、富と名声、極上の紳士たるパートナー、それからそれから……と、カウンターで聞いている僕でもそれ全部っていうのは、なんだか欲が深過ぎ──と思わずにいられない幸運の数々をつらつら語り出す。
「……あのねえ」
左右の指折り五往復にしてようやく口を閉じたベレニスへと、マダム・ルイーゼがにっこり笑いかける。
「そもそも幸運なんてやってきたところで、そこでアンタにまつわるいろんなものごとを足したり引いたりして、ようやくひとつだけ、しあわせのかたちになるの。いろんな幸運全部を手に入れると、その分だけまとわりつく影は重たくのしかかってくるし、あっという間にアンタもこの世も真っ暗になってしまうわよ」
だから、何がアンタにとってのしあわせなのか、よく考えてみることね。
笑顔はくずさず、けれど、タロットカードを一枚も卓上に並べることなく、マダム・ルイーゼは口にしていた。
「そうは言っても、ねえ」
物足りないと言わんばかりに唇を尖らせたベレニスに、持ってきなさい、とマダム・シーラが僕へと、ホットレモネードを差し出す。
「ああいう意見を年配のひとからきっちり言ってもらえることが、そもそも幸運なんだけどねえ」
あの年頃では気づかないものよね。マダム・シーラの諦観に満ちた溜息に、さて、僕はどうだろうか──としばらく考えて、
(この店で働いたことが、いつか僕の幸運な財産になればいい──……かな)
すこし照れくさいけれど、そんなことを思っていた。
Novelber 8.幸運
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