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あのころ、TOKYOで。7

7.元ギャルのさとちゃん

さとちゃんは私が最初に東京で働き始めた会社にいた女の子だ。アルバイトで入ってきていたが、与えられた仕事をテキパキとしっかりやるし、とても気が利く。そんなさとちゃんは私と同い年で、社員とアルバイトの垣根を越えて仲良くなった。

見たところからそうだろうとは思っていたが、さとちゃんは元ギャルだった。だから社会人になってからも、つりあがった細い眉や、真っ黒なひじきまつ毛など、メイクがどうしてもギャル寄りになってしまうと嘆いていた。しかしそんなメイクもはきはきテキパキしているさとちゃんにはぴったりで、彼女のトレードマークのようにもなっていた。

さとちゃんは東京の下町生まれだった。お父さんは消防団で正月には梯子芸をするような、がっつり下町の子だった。高校、短大とギャル時代に遊びまくり、21歳くらいで落ち着いた、と言っていた。

見た目はまだちょっとギャルだったけど、さとちゃんは面倒見がよく、アルバイト仲間や社員みんなから好かれていた。そして、同じバイト仲間の男の子と付き合っていた。東くんという男の子で、背が高く、若かったがちょっと頭が薄いのが悩みでいつも帽子をかぶっていた。二人はいつも待ち合わせをして一緒に帰っていて、仲が良くてうらやましかった。

しかし、さとちゃんはある時、東くんを裏切った。
元カレのところへ泊りがけで遊びに行ったのだ。
元カレはギャル時代から付き合っていた男で、付き合ったり離れたりを繰り返し、付き合っていない期間もずっとセックスフレンドだったらしい。
「私、先週末福岡に行ってきたんだ」
さとちゃんは自ら「ひきずり女」と言うだけあって、元カレともずっと連絡を取りあっていたそうだ。元カレはすでに家庭を持っていた。奥さんと小さな男の子がいるらしい。
「え?元カレに会いに福岡まで行ったの?」
さとちゃんはううーんと困ったようにうつむいた。
「会いたい、やっぱりさとと一緒が一番楽しいって言われるとね、どうしてもね」
さとちゃんの元カレは、奥さんとはうまくいっていないだとか都合のいいことを言ったそうだ。元カレはさとちゃんと一緒に泊まるため、温泉宿を予約していて、二人で行ってきたという。
「すごく楽しかった。でも、どうせさとのことは遊びだしさ。でも忘れられなくて」
さとちゃんは、何とも都合の良い女だった。元カレにとっては、わざわざ会いに福岡まで来てくれる不倫相手なのだ。
「東くんがいるじゃん。東くんじゃダメなの?」
私が聞くと、さとちゃんはまたううーんとうつむいた。
「東のことは好きなんだけど、さとと会ってまだ2年だし。元カレとは長かったんだよね」
そんな元カレとどうして最終的に別れたのか聞いてみたら、やっぱり元カレの浮気が原因で、その女の子は妊娠した。それが今の奥さんだという。
「東くんにしときなよ。いい人じゃん」
そういうと、さとちゃんは、「そうだね。もう止めないといけないよね」と笑った。

その後東くんは契約期間が終わり、アルバイトをやめ、別の古着屋で働きだした。さとちゃんとは続いており、私は時々さとちゃんからデート話を聞かされていた。
「渋谷をぶらぶらしてからホテルに行きましてぇ。このホテルが良くって、お風呂にフルーツ入れられるとこだったの」
聞いてもいないのに何回ヤッたとかそんな情報まで私に話してくれていた。


うまくいっているものだとばかり思っていたが、ある時さとちゃんは東くんと距離を置いているという話をしてきた。それも、何ともよくわからない理由からだ。
「あのね、二人でラーメン食べに行ったの。そしたら店でワイドショーがしていてね。そこにAっていう元ギャルのアイドルが出てたの。そしたら、突然東が『Aってウリやってたんだってな。はあ、どうせお前もなんだろ』って言いだして」
どういうことなのか全くわからない。
「え?Aとさとちゃんと、何の関係があるの?」
私が聞くと、さとちゃんは大きく頷いた。
「そうでしょ!なんで急にさとの話になるの?Aのことなんかさと知らないし。それでさ、そっからずーっと機嫌悪くて、ため息ばっかりつくの。雰囲気悪いよって言ったら、『はっきり言ってくれ!お前もウリやってたんだろ!ギャルはみんなそうなんだろ!』って怒鳴られてさ」
東くんはどうかしている。勝手な思い込みでさとちゃんを責めるなんて。ギャルはギャルでもたぶんいろんな子がいる。さとちゃんはとっても良い子だ。私はさとちゃんを見ていて、そう思う。たしかに、元カレに会いに行ってしまうのはよくない。東くんがいるのに、一緒に泊まってしまうのもよくない。でもたぶん、さとちゃんはウリをやるような子じゃない。
「さと、もう、雰囲気悪いのに耐えられなくて。『そうだって言えばいいんでしょ!』って言っちゃったのよ。そしたらさ、『やっぱりそうだったのか』って言われちゃって」
さとちゃんは東くんに言わされたのだ。完全に誘導されている。
「もう俺帰るわ、って帰っちゃてそれっきり。連絡もしてないし、会ってもないんだよ」
私は驚いた。何なのだろう?東くんはさとちゃんと別れたくて何か口実を見つけたかったのだろうか?
東くんの真意がわからない。

私は完全にさとちゃんが被害者だと思った。
だがよく考えるとさとちゃんも東くんを裏切っていた。福岡不倫温泉旅行は絶対に良くない。
さとちゃんは面倒見がよく情に厚いが、ちょっとスキもある。元カレにはそこをうまく利用されているのだ。
そして、東くんが一体どういう意図からそんなことを言ったのかはわからないが、でもとにかく、この二人はこれではダメだと思った。

さとちゃんの中にはまだ元カレがいて、忘れられない。東くんはなぜかさとちゃんがギャル時代売春していたと信じていてそこが許せない。

二人とも、過去にとらわれているのだ。なぜか二人とも、同じ過去の同じ時間にとらわれている。

別れた方がいいとは言わなかったが、やはり数か月後、二人は別れた。さとちゃんは東くんとは連絡を取っていないという。

「たしかにさとはギャルだったよ。でもその過去は変えられないじゃん。でもさとは今は変わった。ギャルの時みたいに遊び歩いたりしないし、もう元カレとも会わないよ」

さとちゃんはそう言っていた。
過去は変えられないが、これからなら自分で変えることができる。
さとちゃんは、そう言っていた。
それはギャルだったこととかだけじゃなく、人生において全てのことに言えると思った。

過去は変えられないけれど、未来は変えられる。

私は元ギャルのさとちゃんからすごいことを教えてもらった。

さとちゃんもその後アルバイトの期間が満了し、別の仕事についた。
数年たって私は東京を離れたが、さとちゃんともずっと年賀状をやりとりしていた。
さとちゃんは本当に面倒見がよく、私が結婚したり子どもが産まれたりするたびに連絡をくれ、贈り物をしてくれた。
そして、さとちゃんは今、幼馴染みだった男の子と結婚し、子どもを授かり、幸せに暮らしている。

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