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四日市から湯の山温泉へ、収束しながら発散するわたしたち。

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定刻9時31分に四日市を出た湯の山温泉行きの列車は高架の上を走って、中心街から出ていく。高架から地平に下りる。伊勢松本という駅を出ると進行方向右が田畑、左が一段上がって住宅地となる。

たかやまさん
段丘崖の直下を走る電車はいいものだね」

たかやまさんが左の窓の外を眺めながらつぶやく。

ささづかまとめ
「いいですねえ。具体的になにがいいのかうまく説明できないですが」

たかやまさん
「ここはちょっと日陰な感じなのがいい」

ささづかまとめ
「落ち着きますね〜」

たかやまさん
「でも、段丘崖に日が当たって明るい感じになるのもいい」

ささづかまとめ
「それも気持ちいいですね!」

たかやまさん
「そこをとことこ走る電車」

ささづかまとめ
「コンボですね〜。ああ、いい

たかやまさん
「うん」

いちがやさん
「さーさちゃんとふたりで旅行してるときって、いつもそんな感じなの?」

たかやまさん
「そんな感じ?」

たかやまさんが小首をかしげる。わずかに眉根を寄せているにもかかわらず、かわいらしく見えるのはなぜだろうか。

いちがやさん
「なんて言うか、ふたりで好きな俳優さんとかスポーツ選手見てるときみたいな、今そんな雰囲気だったよ」

たかやまさん
「それはファンだから。地形の

ささづかまとめ
「わたしも鉄道ファンなので」

たかやまさん
「地形と鉄道の異次元フェス!

たかやまさんはテンション高く言い放った。……異次元フェスってなんだろうか。

いちがやさん
「そっかそっか、じゃあ今走ってるここが熱いポイントなんだね」

たかやまさん
「そういうこと」


列車は段丘崖を離れ、高角(たかつの)という駐車場と田んぼに挟まれた小駅に停まる。4人下りていく。東名阪自動車道の高架をくぐると、桜というシンプルな名前の駅で上り列車と交換する。次が菰野(こもの)で乗客の半分以上が下りていく。20人くらい下りただろうか。その後は新名神高速道路をくぐって、湯の山温泉の駅構内に入る。

ドアが開いた後に、ブレーキ管の中の圧縮空気が抜ける「ふしゃーん!」という大きな音が響く。いい音だ。この音のする車両はいずれはなくなる運命だし、そもそも折り返し運転をする駅でしか聞けないし、珍しいといえば珍しい。近鉄なら例えばさっきまでいた名古屋で聞けてしまうけれど。でも、都会の地下駅じゃなくて、こういう山間の駅で聞けるのがいいんですよ、とわたしはひとり悦に入る。
荷物を持ってホームに降りる。9時56分。自動改札を抜けるといかにも地方の観光地らしい、少し古びた駅舎とがらんとした駅前広場がわたしたちを迎えてくれた。

近鉄湯の山温泉駅

バスに乗るまでの時間にたかやまさんはトイレに行き、いちがやさんはたばこを吸い、わたしは駅の写真を撮った。バスを待っているのはわたしたちを含めて15人くらい。半分くらいは登山の格好をしている。すでに標高が高いのかうろうろしていても肌寒く、わたしは最近買ったばかりの防風機能のあるパーカを羽織った。

たかやまさん
「わあ、だぼだぼしててかわいいな。緑色のてるてるぼうずみたい」

いちがやさん
「いいね。さーさちゃんはかわいくない服を上手に着るよね」

ふたりはわたしの格好を見て好き勝手言った。いちがやさんはいつの間にかワインレッドの上等そうなマフラーを巻いている。ラフな感じがするのに、どこか大人っぽさを感じさせるのがいちがやさんのファッションだ。この人のセンスにはかなわない。
一方でたかやまさんは春休みの小学生みたいな格好のままだ。

ささづかまとめ
「けっこう涼しくないですか? 上に着ます?」

たかやまさん
「いい。ごわごわするの着たくない」

ささづかまとめ
「普通のダウンのベストですよ?」

たかやまさん
「寒くないから大丈夫」

いつものことである。
やがて緑と白のバスがやってきた。三重交通のバス。ぞろぞろと乗り込む。近鉄の湯の山温泉駅とロープウェイの駅を10分ほどで結ぶ。10時07分発。
バスは山深くて細い道(しかしれっきとした国道だ)を疾走する。急に視界が開ける。バスは深い谷に架けられた橋を渡っていた。右の窓から目的地の御在所岳の頂上付近が見えてきた。御在所岳は岩場や奇岩が多いことで知られているとのことだが、確かに麓から眺めるとところどころ雪が残っているかのように見える白い部分があって、しかしあれは雪ではなく木々の生えていない岩場なのだろうと思う。


10時16分、ロープウェイの山麓側の駅に着いた。駅舎から連続してアウトドア用品店や土産物屋や喫茶店があって、充実している。東京の高尾山ほどではないが、それに近い雰囲気がありつつ、しかし中級程度の登山をする人たちもいるからか、どこかピリッとした雰囲気も漂っている。

たかやまさんが「きっぷ買ってくる」と言うので任せることにする。運賃は往復で2600円である。3人合計7800円。1万円札を渡すと、たかやまさんは無表情に握りしめた。

いちがやさん
「ロープウェイの値段高くない?」

チケット売り場に向かうたかやまさんの背中を少し離れたところから見守りながら、いちがやさんがつぶやいた。

ささづかまとめ
「でも片道15分も乗るらしいですから、そんなに高くないかと」

いちがやさん
「いいやわかんない、ロープウェイの相場

ささづかまとめ
「あはは、ロープウェイの相場って」

いちがやさん
「あれ、相場って言わない?」

ささづかまとめ
「いえ、合ってると思います。でも聞き慣れなくておもしろくて」

いちがやさん
「1分あたり…90円しないくらいか。速度によるか」

ささづかまとめ
「そんなに気にしなくても」

いちがやさん
「でも1人2600円でしょ。ほかにいろいろできるなってどうしても思っちゃうなあ」

乗りもの好きですみません、とわたしは心の中で謝りながら、チケットを持って戻ってきたたかやまさんを迎えた。

2600円のロープウェイ往復チケット

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