【聴講】オブジェクト指向インターフェースデザイン講義【5/5】
また最初に余談ですね、すいません…
最初に懺悔しておきたいが、件の Windows ユーザーは私である。Macbook Air (OS でいくと macOS か) も持っているが、現在は使っていない。Linux は何かの時に使ったような気もするが、そのレベルでの使用である。テキストエディタは前々職のコーダーの方から Sublime を推奨されたのでそれを使っているほか、実際のコーディングでは Google Chrome の検証機能も使っている。私はそこまで触れていないが、いまはコードは GitHub で管理か(わかばちゃんと学ぼうと思ったけどその前に異動になって使う機会がなくなってしまった)、あるいはライトなところだとコンテンツレベルで WordPress などの CMS の利用だろうか。これがノーコードというのか、Notion も STUDIO も出てきた。TeraPad で書いて FFFTP でアップしていた時代が懐かしい。これまでに5つくらいウェブサイトをつくったけど。手打ちで。大学とか高校とかサーバー側の都合で簡単に動的コンテンツを置けないんだよね。レスポンシブル対応とか私ではもう無理。キャッチアップしてないから時代に追いつけない。デジタルの世界は、ほんと一瞬で置いてかれるよな…
……えーと、これは私がオールドな人間だということもあるが、私のいる法律系の業界自体がたいへんオールドで、企業の法務部ではだいたい Windows PC で MS Word が主力兵器、最近の業務用 AI SaaS でさえ Word Add-In という具合である。官公庁や公立学校はもっと古くて一太郎を使っていたりする。現地装備のプロジェクタの接続端子等々の関係の問題もあり(変換ケーブルを持っていけば済むけど)、結局、Windows が安定して使える(使わざるを得ない)のだ。なお、裁判所はさらに古くて、ほぼ郵送とファクシミリしか受け付けない。郵券やら収入印紙やら青色レターパックやらステイプラ―やらが出てくる手書き・紙・ハンコの地獄である。冗談だと思うだろうか? このへんな制度はまだ日本にあるのです。たぶん。私としては、いつも熱水と冷水を往復するようなひどい感覚である。改革するにはどこから手を付ければいいだろうか(真剣
講義内容から考えたこと
今回の授業で「講義編」は終了し、次回から「演習編」に突入する。講義編の内容的には『オブジェクト指向 UI デザイン』(技術評論社、2020年)の第1章~第3章、第6章に多数のデザイン原則の解説を加えたようなイメージであった。上に書いた余談は演習編に突入するにあたってのシステム環境面の話である。学部生は全員が Mac だが(そして学部的にその縛りがあるが)、大学院生はそういった縛りがないので、私だけ Windows を使用しているという事態となった。聴講生のくせにほんとすません…
それと、ここまでの個人的な反省として、ユーザーインターフェースをユーザーインターフェースの外側から見たような理解に傾き過ぎていたかもしれないと思っている。講義で繰り返し説明されるように、すべてはオブジェクトなのだ。つまり、OOUI 的には、ある意味でユーザー側からの映像的なスペクタクルしかなく、それがすべてである。その中で、「オブジェクトと非オブジェクトの区別」という発想がありうるのか、「オブジェクト性の程度」という発想はありうるのか、没個性化されたオブジェクトで占められたフラットな世界にならないのはなぜか、などが頭に過る。デジタルとアナログをわけるものは何だろうか、オブジェクトはヒトが生物学的な感覚器官によって知覚できるオーダーに限られた関数なのか、国語(近代国家語)ではなく母語としての日本語が西洋文法学におけるような SVO 式の主語制を採用していないことをどうみるか、などなど……。ともかくも、いまだに理解が及んでいない点は多々あるものの、インターフェース自体をひとつの境界とみれば、インターフェースの人間側を豊かな世界として膨らませられる、という観点がひょっとしたら私には欠けていたかもしれない。どうも私においてはインターフェースが現実的なアーキテクチャを遮蔽するファンタスムであるという見方をしがちなので、よくないところだ。あるいは、サンボリックとイマジネールをどうしても厳格に分離して考えたくなってしまうのがよくないのかもしれない。
また、業務用システムの UI はタスク指向が多いと聞いた。これについては単純に UI デザインの観念がないという見方も成立するのかもしれないが、日本の企業組織の特性に起因するものとも考えられる。すなわち、特に日本の大企業の従業員の典型は「総合職」であり、どこかに統計があるかもしれないが感覚的には約3年に一度部署を異動するようである。このことは、業務用システムが道具としてその人になじむ前にその人が異動してしまうことを意味する。この点で OOUI はどちらかといえばローコンテクストの UI であるため、あえてこの OOUI の方法をとらないで業務用システムを従業員の異動に耐えうるように無理やりハイコンテクスト化を試みた結果が残念なタスク指向の UI として生まれてしまったのではないだろうか。いや、単なる仮説であり、事実は存じ上げないが。けっこう toC か toB かで考慮要素が変動するような気がする。「動線」というものとの関係性も悩ましいような気もしないではない。考えることがたくさんわいてくる…
そんなわけで、次回はさあ演習だ。
(執筆:平塚翔太)