涙鉛筆
「父さん、この鉛筆なにも描けない」
父さんのアトリエで、どんなに描いても何も写らない不思議な鉛筆を見つけた。
「ああ。それは使い方があるんだ」
父さんはスケッチブックを取り出すと、一枚の絵を開いた。女の人が椅子に座っている絵だ。優しそうな顔でこちらを見つめている綺麗なお姉さんを、僕はすぐに好きになった。
「貸してごらん」
そういうと、父さんは画用紙いっぱいに鉛筆をなぞり始めた。すると、不思議なことに、紙は透明な水で滲みはじめ、女の人の膝に僕が写った。僕はこちょこちょと、お姉さんにくすぐられていて、二人ですごい笑ってる。
「絵は完成してない。作者がそう思ったとき、この鉛筆は気づかせてくれるんだ。でも、すぐ乾いて消えちゃうから、よく覚えておかないといけない」
お姉さんはだんだんと薄くなっていく。
「この鉛筆、なんていうの?」
父さんはスケッチブックを愛しそうに見つめながらこう言った。
「涙鉛筆というのさ」
父さんの目から涙がこぼれた。