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田舎は仕事の選択肢がありすぎて迷う?無さすぎて迷う?まっさらな雪原に一歩目を踏み出すこと


だれも歩いてない雪道を歩きながらこんなことを思ったので、先日SNSに投稿をした。

あたたかい季節よりも身軽に動きにくい雪の季節は、
立ち止まってじっくり考えられるいい機会だけど、
前にも後ろにも道がなくて、時折ちょっと迷子みたいな感じにもなる。

去年の日記を見たら、去年もこれからについて考えている時期だった。でもちゃんとそのあと進めたからきっと大丈夫なんだけど、そういう時期もあるってだけなんだけど。

道なき道か、あるいは今は隠れていて見えない道を、自分で一番に足跡つけて歩くしかないんだなぁと思う。
みんなきっと手を差し伸べてはくれるけど、どこに一歩出すかは自分次第である。

まっさらな新雪に初めての足跡つけるみたいに、
気持ちよくておもしろくて綺麗なはずなのだけど、
まだちょっと勇気が足りないのか、まだその時でないだけか。

どこに辿り着くかわからないけど、歩くのが楽しいから歩き続けてるくらいのテンションで歩き続けてみたい


そしたら、ある人から、
「雪原は全部が途(みち)だったんだと気づくよね。
そして選択肢が自由すぎるの、不自由だよね。」
という言葉をもらった。

主に迷子になっているのは仕事についてだ。

移住してきて1年が経ち、いまの自分が持てる力でできることはいろいろやってきた。それが小さな仕事になっていたりはする。

いまは個人事業主で小さなカフェの店主である。
そのほかにチラシなどのデザインをさせてもらったり、外での飲食の仕事をもらったり、ご近所さんのところでバイトさせてもらったりしている。

でもちゃんと1人で自立できるくらいに収入を得ていくには、まだまだだなあと思っている。
そのくらいの収入になる仕事がまだ自分にはできていないような気がしている。かといって、じゃあこれをとことん極めよう!というものもどれなんだろうという気がいる。

今年からは車も持つし、税金も年金も払わないとだし、ちょっとアテにしていた収入源もなくなってしまいそうだし、ある程度年収が必要だなと思っていて、すこし焦りもある。

田舎はただでさえ人が少ないので、
「少し」得意なことが仕事になっちゃったりする。
自分では好きだからやってることが、だれかの役に立てたり、まだやってる人がいないから、自分が仕事としてできる余白があったりするんだと思う。

でも、自分以外にそれをやりたい人とかもっと得意な人がやってきた場合、さて、私は何をやろうか?となりかねないとも思う。

ここではない違う場所で同じことをやろうと思った時、このレベルで通用するのかな?とも思ってしまう。
通用しなくてもここで通用していたらそれはそれでよくやっているということなのかもしれないけど。

適当に仕事してるわけじゃないし、
一生懸命やらせてもらっているし、
誇りは持っているつもりだけど、
つまりはなんだか自信がないということだ。

会社から雇われてる訳でも、働いた分評価されてお給料がもらえる訳でもないから、自分で自分を評価するのと、モチベーションを維持するのが難しいし、この方向で合ってるのか判断するのも難しい。

しかし、選択肢は無限にあるからなにをしたらいいのか、なにをしたいのかもわからなくなってきた。
いろいろに手を出して全部中途半端なんてことにもしたくはないし。なんかいまそんな状態である。

まっさらな雪原にひとりぽつんと置かれて、
さあ!どこ歩いてもいいよっ!って言われたときみたいな感じ。

どこに踏み出してもいい自由によって、
今わたしは逆に不自由を感じているのか。

目の前の360度どこ見てもおんなじ白い雪を見てたって、どこに一歩踏み出そうかは決められない。

一歩踏み出すためには、方向だけでも決めなきゃいけない。目印になる北極星が必要なんだろう。

1歩目の足をどこに置こうか悩む前に、自分の北極星はどこにあるのかを見つけるのが先なのかもしれない。

あとは、自分の能力と知識不足で、吹雪で視界が悪くて遠くが見えないみたいになっている可能性もあるかもしれない。それについては、まわりがしっかり見えるように自己研鑽もしていきたいと思う。

今年一番の寒波の大吹雪の中、
お家の中で悶々と考えたことでした。


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