次のステージに入るデジタル影響工作 ユーラシア・グループとサミュエル・ウーリーのレポートから
政治学者イアン・ブレマーが率いる国際的なコンサルティング・ファームであるユーラシア・グループは2023年1月3日に「2023年TOP RISKS 2023」を公開した。これは毎年恒例のものだが、デジタル影響工作関連では第3位に「大混乱生成兵器」があげられている。
「大混乱生成兵器」とはAIにアシストされたデジタル影響工作ツールを指す。しばらく前からAIによってデジタル影響工作が高度化、大規模化することは指摘されていたが、2023年にそれが本格化するという指摘だ。
デジタル影響工作の研究で世界をリードしているサミュエル・ウーリーももうすぐ刊行される著書『Manufacturing Consensus』では国際的なエスノグラフィー調査によって、こうしたアルゴリズムとSNSを使ったデジタル影響工作が国家だけではなく、個人でも手軽にできるようになりつつある現状を描き出している。
本のタイトルManufacturing Consensus=合意の製造とはおよそ100年前に政治学者ウォルター・リップマンが大衆世論がマスコミによって合意形成にいたることを指して言った言葉である。サミュエル・ウーリーは現在はAIとSNSがその役割を果たしていると語る。
また、数年前からデジタル影響工作を代行する民間企業も同様な背景で急増してきた。プリンストン大学のレポートやMetaのレポートなどでも民間企業の活動が報告されている。デジタル影響工作実施の主役は国家や政党そのものから民間企業に移りつつあるのかもしれない。
サミュエル・ウーリーの指摘と「2023年TOP RISKS 2023」を合わせると、今年はデジタル影響工作が大きく転換する可能性がある。これまではデジタル影響工作の主役は国家や政党あるいは委託を受けた民間企業などだったが、一部の個人が本格的に使い始める。
YouTuberやTikTokerが金儲けのためにこうしたツールを一斉に使い出すのは、もっともありそうで想像したくない状況。量と速度から考えて現状のファクトチェックやSNSプラットフォームの検出では太刀打ちできず、こちらもAI支援の自動対処に移行するしかない(誤爆多そう)。
金儲けならまだいいが、一部の個人が極右や反ワクチン、陰謀論者などである可能性は高い。彼らは現時点でネットを基盤にしており、ツールさえ手に入れば実戦配備できる環境を持っているのだ。物理的な武装化が進んでいることとと合わせて考えると、こうした反主流派グループが新しいツールを手にして利用する可能性は高い。
ハッキングがマルウェア産業革命で一気に裾野が広がったようにデジタル影響工作も一気に広がる可能性がありそう。手軽さと匿名性はハッキングやマルウェア以上かも。
2022年までの段階で日本をのぞく主要国と主要企業はデジタル影響工作の専門家チームを内部に持った。この新しい事態に日本は対応できるのだろうか?
*サミュエル・ウーリーの著作は刊行されたら読んで感想をアップします。
もうちょっと掘り下げたAI支援デジタル影響工作のことを書きました。
AI支援影響工作の脅威はすでに現実だったhttps://note.com/ichi_twnovel/n/nb23282095db2
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