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松原実穂子「日本のサイバー能力は本当に低いのか」拝読

●記事の概要

松原実穂子「日本のサイバー能力は本当に低いのか」(正論、2022年9月号)を遅まきながら拝読した。国家のサイバー能力を評価する難しさを解説しつつ、さまざまな角度から日本のサイバー能力について検証していて大変参考になった
もともとこの記事に気がついたのは、私が以前書いたニューズウィーク日本版の「国家別サイバーパワーランキングの正しい見方」(2021年07月15日、https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2021/07/post-27.php)を松原氏がツイッターで参照してくださったことからだった。サイバーセキュリティ界隈の人はほとんど読んでいないであろう記事までチェックなさるきめの細かさに驚いた。毎日、世界各国のサイバーセキュリティ最新情報をツイートなさっていて、これも貴重な情報源となっている。

この記事ではオリンピック防衛の成功などいくつかの例をあげて、日本のサイバー能力、特に防御能力は決して低くないことを示し、サイバー能力が低いと思われてしまう4つの要因をあげている。
1.人員の規模
2.国家予算
3.日本のサイバー能力の実態が知られていない
4.情報機関の発信力不足

3と4は対になっているもので、知られていないから実態より低く見られており、知られていないのは発信力が低いからということになる。

●感想

全く同感でした。日本では官民いずれも被害を公表しないケースが多々あり、実態はなかなか把握しづらい面もある。ときどきダークウェブのランサムウェアグループのページを見ると被害を公表していない日本企業の名前があるのは珍しくない。Redlineの被害は官公庁だけでもかなりの数に上る。
とはいえ、東京オリンピックで大会運営に深刻な支障をきたす被害がなかったのは確かでサイバー防衛能力が決して低くはないことを見せつけた。ただ、それが国内外であまり認識されていない。

もしかすると日本には「やることをやっていれば自然とわかってもらえるものだ」という発想があるのかもしれないが、時として「実際にやったことよりも、情報発信で強烈な印象を与える方が重要」なこともある。記事中で日本の認知戦の弱さにも触れているが、まさにその通り。
今回のウクライナ侵攻に当たってのウクライナIT軍はまさにそれだった。世界各国からボランティアのIT戦士が30万人以上集まって作戦を実行する、というだけでニュースになり、話題になる。サイバー戦は見えない戦いであるため、国内外へのアピールによる効果は重要だ。

日本の情報発信力やインテリジェンスの弱さは以前から指摘されており、2020年12月に公開された「Cyber Threats and NATO 2030: Horizon Scanning and Analysis」(NATO Cooperative Cyber Defence Centre of Excellence、2020年12月)
https://ccdcoe.org/library/publications/cyber-threats-and-nato-2030-horizon-scanning-and-analysis/の「 第10章 Considerations for NATO in Reconciling Barriers to Shared Cyber Threat Intelligence: A study of Japan, the UK and the US」では多数の問題が指摘されていた。
現在、戦略コミュニケーションを強化すべく、動き出しているようだが、課題は多そうだ。
サイバー攻撃や防御に関しては、アメリカなど同盟国から学ぶことができるが、情報発信やインテリジェンスは学ぶことが難しい。なぜなら、日本は「グローバルサウスであって欧米ではなく、アジアであってグローバルサウスではない」稀有な国なのだ。おそらく欧米は日本に心からの信頼を寄せてはいない。
また、国際世論を形成するのは欧米の大手メディアや著名人なので、彼らが日本の代弁者となって情報発信してくれることはほとんどない。そのためロシアのように欧米が寡占する国際世論以外を動かさなければならないのだが、それは日本の属するグローバルノースとは相性が悪く、その方法論を学ぶことはできない。
なといろいろ考えさせられる論考でした。

最後に私はなんの専門家でもない文筆家なのだが、「サイバーセキュリティ専門家」などの肩書きをつけて紹介していただくことがよくあり、いちいち訂正するのにつかれてそのままにしていることも多い。今回の松原氏の記事では「サイバーセキュリティ分野の文筆家」と書いていらしたので、さすがにていねいにチェックなさっていると舌を巻いた。ありがとうございました。

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