見出し画像

アメリカの誤・偽情報研究の後退に対する危機感と、真逆の日本についていくつかの論文とレポート


●nature記事が象徴するアメリカの研究者の危機感


natureが発行するHumanities and Social Sciences Communications誌に掲載された「Liars know they are lying: differentiating disinformation from disagreement」https://doi.org/10.1057/s41599-024-03503-6(Stephan Lewandowsky, Ullrich K. H. Ecker, John Cook, Sander van der Linden, Jon Roozenbeek, Naomi Oreskes & Lee C. McIntyre )が注目されている。
この記事は、誤・偽情報の研究に対する2つの批判に対して反論しているもので、過去の多数の論文を参照しており(特にメタ・アナリシスとシステマティック・レビューがあるのがよい)、大変参考になる。実はnature誌は6月に誤・偽情報の特集( https://note.com/ichi_twnovel/n/nc5502500a838 )を組んでおり、巻頭言で一押しされていた「Misinformation poses a bigger threat to democracy than you might think」( https://www.nature.com/articles/d41586-024-01587-3 )も誤・偽情報の研究に対する批判への反論だった。

日本ではあまり報道されていないが、アメリカでは誤・偽情報研究がバッシングされている。共和党や保守を中心にした動きで、批判という枠を超えて、訴訟や嫌がらせまで行われている。多くの研究組織や個人がターゲットになっており、先日はアメリカ大統領選を前に、スタンフォード大学を拠点とするソーシャルメディアプラットフォーム悪用についての研究グループであるSIO (Stanford Internet Observatory)が解散の危機に瀕しているという報道もあった。SIOは、ワシントン大学情報公衆センターと共同設立した米大統領選(2020年と2022年)に関する虚偽や誤解を招く情報の追跡調査プロジェクト「EIP-Election Integrity Partnership(選挙の信頼性に関するパートナーシップ)」を実施していた。
natureの一連の記事にはこうした党派的な攻撃の激化が背景にある。

●党派的なバッシングとは別に見直しも広まっている

一方、研究者の間でもこれまでの誤・偽情報研究や対策を見直す流れも出てきている。研究者では、Alicia Wanless、Dan Williamsなどが比較的知られている他、Foreign Affairs の記事「Don’t Hype the Disinformation Threat」( https://www.foreignaffairs.com/russian-federation/dont-hype-disinformation-threat )が話題になるなど、さまざまな研究者や組織が調査研究を行っている。こちらでとりあげているのは現在の誤・偽情報研究や対策を補完するものであり、党派的な意図で排除しようとするものとは異なる。
ただ、前述のような背景を踏まえていないと、その違いはすぐにはわからなかったりするうえ、危機感のあまり、補完的な研究の批判まで含まれているように見えることがある。これまで主流で誤・偽情報対策や研究を担っていたグループと、見直しを進めているグループの間に断絶があるのかもしれない。表にするとこんな感じのすれ違い。

nature6月号が公開された後すぐにDan Williamsは、「Misinformation poses a smaller threat to democracy than you might think」( https://www.conspicuouscognition.com/p/misinformation-poses-a-smaller-threat )という反駁する記事を公開している。

●アメリカで後退した時期に、日本では盛んになった

アメリカでの誤・偽情報対策や研究の後退は3年位前から始まっており、昨年に本格化し、研究者などへのバッシングや訴訟に発展した。それを見越したようにSNSプラットフォーム各社はコンテンツモデレータなどを大量に削減した。

逆に日本では防衛三文書公開以降、急速に誤・偽情報対策の必要性が政府中心に叫ばれるようになり、大きな盛り上がり(主として政府や行政と、その請負民間事業者や研究者の間で)を見せている。総務省の思惑に反して、ファクトチェック団体などが総務省の方針に異を唱えだして、一部で盛り上がっている。ただ、ファクトチェック団体を中心とした反発には賛否両論あり、いまどき抗議する中高年は共感を得にくいという事情もあって「否」が目立っているかも。

先日もアメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)が「Combating Disinformation An Agenda for U.S.-Japan Cooperation」( https://www.csis.org/analysis/combating-disinformation )というレポートを公開し、日本が積極的にこの分野を強化してゆくことに期待を見せている。特定の報道機関の名称をあげて、日本から発信できる信頼できる情報発信源と言っているのはやりすぎのような気がする。ちなみにこのレポートには日本政府が資金を出しているらしい

アメリカでは共和党や保守派が誤・偽情報対策や研究を抑え込もうとしており、研究者などの間で危機感が広がっている。一方、日本では政府が中心になって誤・偽情報対策を強力に推し進めようとしており、メディアやファクトチェック関係者の間で反発が広がっている。どちらにしても社会の分断が悪化していることには違いなく、これもまた中露の罠なのかと勘ぐりたくなる。

補足 Liars know they are lying: differentiating disinformation from disagreement

なお、冒頭にも書いたが、「Liars know they are lying: differentiating disinformation from disagreement」(Stephan Lewandowsky, Ullrich K. H. Ecker, John Cook, Sander van der Linden, Jon Roozenbeek, Naomi Oreskes & Lee C. McIntyre 、 https://doi.org/10.1057/s41599-024-03503-6 )はとても参考になる。ただ、ところどころ、これはどうなのかな? と思う点もあるで注意が必要だ。具体的には、根拠として提示している論文の内容が必ずしも根拠になっていないことがある。こうした問題はこの記事に限らず、他の論文でもよく見られる。参照している論文まで細かくチェックしないだろうと思っているのか、ちゃんと読み込まずに根拠にしたのか、理由はわからない。例えば効果には国による違いがあるかもしれないが、グローバルに共通していることを確認しているものもある、として参照していた論文ですっぽりアジア地域が抜けていたりする(根拠となった論文自身もグローバルな検証をしたと書いていた)。中国、インド、インドネシア、韓国、日本などのアジア諸国をのぞいて世界共通と言ってはいけないと思う。
また、多くの論文は方法論的問題を抱えている。たとえば、なんらかの誤・偽情報を提示する際、短文を使うことがある。しかし、実際の誤・偽情報が短文の形で示されるケースは稀だ。真偽判定の際に、「偽」のみを問題として提示することも多い。偽を排除する能力と、真を見極める能力は異なっているため、真偽判定の能力を測定できない。また、誤・偽情報では言葉の定義や分類が曖昧なことが多く、メタ・アナリシスとシステマティック・レビューでは、論文ごとの違いによって結果が信頼性の低いものになることがある。細かいことだが、最終結果で致命的な差異が出る。

また、総合的な視点が欠落している。たとえばとりあげたほとんどの論文は、対策と誤・偽情報への信用や行動の意図への影響に着眼したものであって、実際の複合的な現実に即したものではない。誤・偽情報はあくまで情報空間の一部に過ぎない。さまざまな要因の影響を評価したうえで因果関係を評価する必要がある。この論文では根拠とする過去の論文をRCTに絞ることで因果関係を推定できると考えているが、因果ダイアグラムや因果計算などの確認はしていない。因果推論の先駆者であるジューディア・パールは、全く同じデータを異なる因果ダイアグラムを作って解析すれば異なる結論になるだろうと語っている。総合的な観点で必要と思われる要素を網羅した因果ダイアグラムを作る必要があり、そのために前提として実態の把握が必要となる。

この論文で参照しているかなり網羅的な調査の論文「INTERVENTIONS TO COUNTER MISINFORMATION: LESSONS FROM THE GLOBAL NORTH AND APPLICATIONS TO THE GLOBAL SOUTH」(Blair RA, Gottlieb J, Nyhan B, Paler L, Argote P, Stainfield CJ 、 https://doi.org/10.1016/j. copsyc.2023.101732 )は、すごく参考になる情報満載の論文だが、
専門家がもっとも効果的と考えるメディア・リテラシー、ジャーナリストの訓練、プラットフォームの修正はほとんど過去に研究されていなかった

特定の対策=デバンキングは、他の対策よりもはるかに多く研究されており、期待される効果とは別によく研究される対策だった。

この論文では調査した文献資料のデータを公開https://www.democratic-erosion.com/briefs/misinformation-intervention-database/ )しており、自由にダウンロードできるのもすばらしい。

といった感じで日本の誤・偽情報対策の現状について、コンパクトにお話しするウェビナーをやります。もちろん無料です。詳細は下記から。

「公開テスト配信 誤・偽情報対策が安全保障上のリスクになる時」
https://us06web.zoom.us/webinar/register/WN_LmwwOZPpTeKvsuxQH8RXCA

好評発売中!
『ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する』(原書房)
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。

いいなと思ったら応援しよう!

一田和樹のメモ帳
本noteではサポートを受け付けております。よろしくお願いいたします。