『正義を振りかざす「極端な人」の正体』 (山口真一、光文社新書、2020年9月16日)
『正義を振りかざす「極端な人」の正体』 (山口真一、光文社新書、2020年9月16日)を読んだ。前回に引き続き、正義とか正しさのお話である。
前回が感情をゆさぶるものだったのに対して、今回はほとんどが統計に基づいており、おだやかな語り口だ。
ネットにあふれる「極端な人」の増加の原因と正体を分析し、対策を紹介している。ネットが極端な物言いにあふれているのを感じている人は多く、2019年は1日3回炎上が起きているという。そして、炎上を苦にして自殺する人もいれば、告訴に踏み切る人もいる。深刻な社会問題になっていると言ってよいだろう。しかも、この現象は日本だけに留まらず、世界で起きている。
日本においては裁判で勝っても得るものは少ない。賠償金を踏み倒されることがあるし(そもそも額は少ない)、心の傷やいったん広まった噂は消えない。
ご存じの方も多いと思うが、大規模に広がるような炎上でも実際に参加している人数は多くない。本書によれば7万人に1人、たった0.0015%だという。その人々が拡散した炎上が大手メディアなどに取り上げられ、さらに事態を悪化させている。
こうした炎上に参加する人々の多くは正義のためと思い込んでおり、ドーパミンをだばだば出している「正義中毒」に陥っている。
過去に起きた事件などから「極端な人」は、年収が高く役職を持った男性が多いことわかった。
「極端な人」が正義を振りかざして炎上を引き起こすのを食い止める方法として匿名性を廃して実名性にするなどの案があるが、本書では過去の事例から実名性の効果は限定的としている。罰則の強化もあるが、いくつかの国で政府が恣意的に言論を統制するためにこうした法律を利用していることもあって難しい側面がある。SNSプラットフォーム提供社を規制する方法もあるが、萎縮して過剰に抑制してしまう危険をはらんでいる。
著者は少しハードルをあげることで攻撃的な投稿を抑制する効果があるとしている。たとえば投稿内容に問題のある内容が含まれていそうな時に、確認メッセージを出すことで投稿を思いとどまらせることもできる。
また被害者が攻撃的な投稿を見なくてすむようにする仕組みなども重要としている。
最後に自分自身が、「極端な人」にならないための5箇条をあげている。
・情報の偏りを知る
・自分の「正義漢」に敏感になる
・自分を客観的に見る
・情報から一度距離をとってみる
・他者に尊重する
●感想
統計などの調査結果に基づいて幅広く「極端な人」を分析していて参考になった。よい本だと思う。読もうと思って、未読のままだったが、読んでよかった。
ただ、いくつか気になる点もある。
・事実と著者の意見の区別がつきにくい箇所がある
調査結果などから得られた知見と著者個人の意見の区別がつきにくい箇所がそこそこある。たとえば41ページに「一般的に」として「極端な人」と中庸な意見の人の分布の解説をしているが、出典がない。著者が個人的に「一般的」と考えているこっとを図にしたものと思うが、はっきり書いてもらえると区別できてありがたい。
最後の「極端な人」にならないための5箇条は著者の意見あるいは仮説というべきものだが、これが結論と誤解する人も多そうだ。事例や一部の調査結果は紹介されているが、仮説を支えるのにじゅうぶんではないと思う。
以前、ベストセラーとなった『ファクトフルネス』では、本の脚注に10の本能は仮説であると書いてあるにもかかわらず、あたかも検証された「ファクト」と勘違いしている人が多いので注意が必要そうだ。
・妥当でない引用があった
たとえばネットでの分断について過去の調査結果を紹介している中に(56ページ)、ピュー・リサーチ・センターの調査結果もあった。この調査は電話調査で行われたものであり、ネットの分断に関するものではない。ここはネットに関する説明だと私は理解したんですが、違うのかなあ……
https://www.pewresearch.org/politics/2014/06/12/about-the-surveys-25/
この調査は継続的に行われており、私自身も2017年に行われた調査を引用したがある(https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2020/10/post-11_3.php)のですぐに気がついた。1994年からの調査なのでネットとは関係ないとわかりそうだが。また、2020年9月刊行の本書に、公開の新しい調査結果(2017年10月5日)ではなく、2014年の調査結果が使われているのには「?」と思った。過去にどこかに寄稿した記事を収録したのかと思ったが、そういう記載はなかった。
他にも引用されている調査は多数あるが、他については妥当性を確認していないので、他にも妥当でなかったり、最新のデータがあるにもかかわらず古いデータが引用されたりしているかもしれない。本書利用の際には確認することをおすすめする。
・ネット世論操作の基本知識の補足があるとよかった
たとえば本書では藤代先生の言葉の引用などもあるが、SNSでの拡散が段階を経て大手メディアに広がってゆくプロセス=プロパガンダ・パイプラインについては触れていない。
こうしたことが盛り込まれているとよりよかったと思う。同種の内容が本書に盛り込まれているのはさすがだが、先行する藤代先生のプロパガンダ・パイプラインに関する論文があればより説得力があり、構造的に理解しやすくなったと思う。
なお、本書刊行後の2020年9月には、ネット世論操作の第一人者ベン・ニモのスケール(https://note.com/ichi_twnovel/n/n3ba289db07dc)でもSNSから段階的を経て影響力を増す過程が説明されている。
・統計量についてもう少し説明が欲しかった(本書の性格上無理かも)
47ページで統計学的な定量分析を行っているが、著者がこの分析のために用いた方法と思われる。新書では難しいかもしれないが、新しい方法なので妥当性の根拠と有意水準(統計上の信頼区間)も示して欲しかった。
いろいろ書いたが、本書は「極端な人」についてさまざまな調査研究をひきながら、具体的かつわかりやすく解説していてよかったと思う。
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