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『ウクライナ戦争と米中対立』を読んでみた

峯村健司と5人の専門家の対談をまとめた『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』(幻冬舎、2022年9月21日)を読んだ。5人の専門家とは下記。
・小泉悠(東京大学先端科学技術センター専任講師)
・鈴木一人(東京大学公共政策大学院教授)
・村野将(ハドソン研究所研究員)
・小野田治(元陸将)
・細谷雄一(慶應義塾大学教授)

●本書の内容

本書はもともと版元である幻冬舎で開催された峯村健司の連続講座で専門家と交わした議論がベースになっている。その時、著者である峯村健司は、「台頭する中国と覇権国アメリカの対立は激化して『新冷戦』を迎える」という仮説をいだいていたらしい。もちろん、その仮説は専門家によって粉砕されて、現在峯村健司は、パワーむき出しの19世紀さながらのパワーポリティックスの時代が到来すると考え、「帝国主義の逆襲」と呼んでいる。5人の専門家の知見がその仮説を支えるものかどうかは実際に本書をご覧になるとわかる。
本書ではウクライナと台湾有事が大きく取り上げられているので、それについての5人の専門家の多くに共通していた意見をざっとご紹介したい。

ウクライナ侵攻に関して
・ウクライナもロシアもまだ戦争を継続する意思を持っており、長期化する可能性が高い。
・ロシアへの経済制裁は効いていない。そもそも短期的に効果があがることは期待できない。
・今回のウクライナ侵攻では明らかにロシアに非があり、横暴を許すことはその後の世界に悪い影響を与える。
・バイデンがロシアがウクライナに侵攻しても米軍を派遣しないと発言したことは大失策で、ロシアの侵攻を招いた要因のひとつでもあった。
・プーチンが国内の要因で権力の座から落ちる可能性は低い。
・ロシアの認知戦はうまくいっていない

台湾有事に関して
・中国は台湾を併合する意思は固く、その行動はいつ起きてもおかしくはない。これは最近のことではなく、2020年以降危険な状態は続いている。しかし、今年、来年ではなさそう。
・ペロシ訪台を止められず、その後有効なメッセージも発信できなかったのはバイデンの失策。
・相互依存が高いため、デカップリングは無理。
・日本は備えができていない。それ以前に議論すらできていない。

その他
・ロシアと中国が目指すのは多極化した世界で19世紀の大国間協調の世界。
・国連は核兵器を持つ国や常任理事国にはなにもできない。


●感想

さまざまな専門家がそれぞれの知見から意見を言っているので、とても参考になった。過去に自分が書いた記事と一致しているとほっとする。

過去に書いた自分の記事と大きく異なっていたのは、ロシアの認知戦、デジタル影響工作は失敗しているという認識だが、これは国際世論を想定しての発言だと考えらると、違っているわけでもない。国際世論はグローバルノース主流派、特にアメリカによって作られるので、そこでロシアが勝てないのは当たり前とも言える。これまで勝ったことがある方がおかしいというか、アメリカ弱すぎる。

本書に登場する専門家の方々は他でもよく名前を見る人たちなので、これからの日本を背負って立つと目されているのだろう。
【2022年11月8日追記】個人的な印象で恐縮だが、ほとんどの専門家(仕切りの峯村も含め)が未来を語る時に傍観者的になっていることだ。日本のことには当事者意識があって、世界全体については傍観者的だ。しかし、日本の未来は世界とは無関係ではなく、世界3位のGDPの国であり、グローバルノース主流派でありながら、欧米ではない数少ない国なのだ。こういう国に必要なのは、「未来は予測するものではなく、作るものである」という視点だと思うのだが、どうもそうではないらしい。その観点に立てば米中の相互依存は断ち切るべきではない(説明は後述)。

下記の観点がほとんどなかったのはちょっと気になった。

1.米中の協力について触れた人はいなかった

世界の経済は米中で回っており、近年では中国の存在感が大きい。米中間の貿易額も多く、世界各国の貿易相手としてもこの2カ国はダントツだ。エネルギーや稀少資源でもはずせない。かつての冷戦のようなデカップリングは難しいし、やれば世界中が痛手を被るのは明らかだ。
ふつうに考えれば米中のライバルパートナーシップを確立させることが重要と考えるのだが、誰もそのことには触れていない。
これは本書だけでなく、中国を語る時にほとんどの人が触れていない。ライバルパートナーシップを無理だと否定することは、この先の世界情勢は悪化するし、改善する方法は当面ないと言っているに等しいと思うのだけど。
中国は脅威だし、今後もそれは変わらないが、相互が過剰に敵視し、世界を不安定にすべきではないだろう。
【2022年11月8日追記】特にパンデミックや気候変動のような世界規模での協力態勢が必要とされる現代において、すでにずぶずぶの協力関係にある二大国がデカップリングして、世界の経済にダメージを与え、世界規模での態勢が作れなくなるのは避けなければならない事態と言える。

2.アメリカ国内の状況に触れた人がいなかった

私の認識が間違っている可能性もあるが(トランプが大統領になってる時点でそうでもないと思うんだけど……)、アメリカ国内はほぼ内戦状態に陥っており、国内が不安定だ。武装化した白人至上主義過激派グループなどさまざま反主流派のグループが活発に活動し、共和党はそういうグループを取り込んでいる。民主党ですら、それらのグループから候補者を出すほどになっている。
中国、ロシアについては国内の要因を取り上げているのに、アメリカについてはほとんどとりあげていないのは不思議だった。
アメリカ内戦を予見した衝撃のベストセラー『How Civil Wars Start』
グローバルノースの多頭の獣 #非国家アクターメモ のまとめ

3.国家にこだわりすぎかも

話の中で民間企業の話題は出て来たが、非国家アクターについての話題はなかった。民間企業やグループの存在感、影響力は拡大していると思うのだけど、まだとりあげるほどではないという認識なのかもしれない。
そういう意味では国家にこだわった話の展開になっており、非国家アクターなど国家以外の話題は限られていた。

4.情報安全保障の話はほとんどなかった

経済安全保障の話はちょっとあったが、情報安全保障の話はほとんどなかった。今回の専門家の領域外だったので仕方がないかもしれない。

おそらく峯村健司の問題意識を反映して、これらの話題は対象外だったのだと思う。ちょっともったいない気がした。
峯村健司の主張が前面に出ている箇所の多い本で、「中国の影響工作により、「日本は戦わずして負ける?」」という節のタイトルではゲストはそうは言っていなかったし、「「2024年危機説が現実味をおびる」これだけの理由」でもゲストは可能性のひとつととしか言っていない。
【2022年11月8日追記】
随所に峯村健司の意見と専門家の意見が異なる時に峯村健司の意見が目立つ形になっているのはいささか本書を読みにくくしている。補正をかけて読まなければならないからだ。情報リテラシーの重要性を訴える人が多いが、本書から専門家の発言に基づく見出しとそうでない見出しを分けてみるのはその訓練にはちょうどいいと思う。

余談であるが、ゲストの小野田治の話と、私が書いた記事には共通点がけっこうあって、(私の書いたものを読んだ可能性はないので)おそらく情報のソースが同じか似たようなところなのだろうと感じた。

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