関係者全てにとって都合のよい誤・偽情報の脅威というナラティブ
「誤・偽情報対策を見直すために読むべき論文や記事のガイド」( https://note.com/ichi_twnovel/n/n06d3fda04ac2 )のひとつにあげられている「Bad news: Selling the story of disinformation」( https://harpers.org/archive/2021/09/bad-news-selling-the-story-of-disinformation/ )は誤・偽情報の脅威が誇張されたものであり、それがSNSプラットフォーム、為政者、国民にとって受け入れやすいものであったために広く信じられるようになったことを歴史をひもときながら解説している。
●概要
冒頭で昨年3月に発足したCommission on Information Disorderを紹介する。これはAspen Institute招集した超党派の委員会である。グーグルやジグゾウなどさまざまな分野のマルチステークホルダーが招かれている「Big Disinfo」に対抗する情報環境保護組織だ。日本の情報的健康に似ていると思ったが、おそらく全く関係ないだろう。
人々が操られ、洗脳され、民主主義を毀損、社会を分断するBig Disinfoは2016年頃から叫ばれており、テック業界はいちはやく自分たちの責任を認めるようになった。以前、Metaのザッカーバーグは否定的な発言を繰り返していたが、その後認めるようになった。テック業界が責任を認めたこともあって、SNS以前のメディアに比べてSNSははるかに強力な影響力を持っていると信じられるようになった。
アテンション・エコノミーは数値化しやすいため透明性が高いという錯覚を生みやすく、科学的に効果が高いことが証明されていると信じられやすい。しかし、実際には数値はあるものの効果を科学的に証明するにははるかに遠いものばかりだ。フェイスブックの関係した裁判で提出された内部資料ではフェイスブック社のマネージャーたちが自社のターゲッティングを信用していなかったことがわかっている。広告の買い手は科学的に効果があるというアナリティクスのチャートやナラティブを信じているのだ。
デジタルマインドコントロールや誤・偽情報の効果も同じだ。効果がある研究結果は多く引用、紹介され、効果がない研究結果が注目されることはなかった。
ジャーナリスト、学者、政治家たちにとっても受け入れやすいナラティブだった。誤・偽情報問題を「真実との戦い」や「武器化された嘘」という言葉で語り、多くの注目を集めた。しかし、実際には、悪い情報は、超大国間の冷戦ではなく、国内政治紛争でよく行使される武器である。
誤・偽情報研究は、研究者の文化、願望、思い込みを反映する。このテーマに関して最も頻繁に発表し、影響力のある機関には、ハーバード大学、ニューヨーク・タイムズ、スタンフォード大学、MIT、NBC、大西洋評議会(DFRLabを擁する)、外交問題評議会などがある。デジタル化以前の時代に最も権威があったリベラルな機関が誤・偽情報との戦いに最も積極的に関与しているということから彼らの動機は明らかだ。
ハーバード大学やニューヨーク・タイムズ、外交問題評議会のような「権威ある真実の語り手を復活させるための舞台」として、民主主義最大の脅威となる誤・偽情報は最適だ。
さらにここにテック企業の支援が加わる。彼らからすると、「簡単に人々を操作できる仕組み」ほど広告主が喜ぶものはないのだ。しかし、実際にはそのような効果が検証されたわけではなく、またプレ・プロパガンダと呼ばれる環境も重要だ。プロパガンダが有効に影響力を発揮するためには、社会的、文化的、政治的、歴史的な前提があり=プレ・プロパガンダがある。
たとえばアメリカには、ユニークな選挙プロセス、民族主義的な雰囲気、二極化した二大政党制、リバタリアン的な社会倫理、無責任な大手メディア、ローカルニュースの消滅、暴力を賛美する娯楽産業、肥大化した軍隊、所得格差、人種差別の歴史、陰謀論的な思考習慣などがあった。
つまり、誤・偽情報の脅威というナラティブは、政治、テック企業、メディアにとって都合がよいだけでなく、受け入れる国民の側には受け入れたくなるような素地があったのだ。
●感想
誤・偽情報の脅威というナラティブが、国民自身を含めた関係者にとって都合のよいものであるという説明は非常にわかりやすかった。特に政治やビジネスの場面で有用なナラティブであることは重要なのだろう。なぜなら研究の資金の多くは政府や企業から与えられるものだからだ。そして世論に影響を与えるメディアにとってもインパクトのある記事を量産しやすいテーマだ。
役に立たない対策によって社会がより悪い方向に向かうのを無視すれば、関係者にとって受け入れやすいナラティブなので、これを排除するのは難しそうだ。
本来は被害を被る国民が声をあげるべきなのだが、こういう議論を広く行うにはまだプレ・プロパガンダが全く足りていない。
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