フィリピンの選挙に見るネット世論操作の進化と対策の停滞
NPOのInternewsは世界各国に拠点を持ち、現地のメディアなどを支援している。その支援を受けて、2023年6月に公開されたフィリピンの選挙に関するレポートをご紹介したい。3つの選挙で見られた変化は世界の他の地域でも見られるため、今後の欧米のネット世論操作の変化を考えるうえで貴重な資料だ。
以前、『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』でフィリピンの状況を紹介した。ネット世論操作、偽情報、デジタル影響工作はロシアが世界の先端を走っていると考えがちだが、実際には中南米、アジアなどではロシアよりも早い時期からさまざまな手法で行われてきていた。フィリピンもそのひとつだ。ロシアが注目されるのは対外活動が群を抜いて多いからである。中南米やアジアのほとんどは国内向けのみが行われている。世界的にもネット世論操作は国内向けがほとんどであり、ロシアなどごく少数の国が対外的に行っているのが実情である。用いられる手法も国内向けの方が進化していることが少なくない。
●フィリピンの3つの選挙から見るネット世論操作の進化
このレポートではフィリピンの3つの選挙を取り上げ、その進化を整理、分析している。
ざっくりまとめると下記のような表になる。
ドゥテルテはネット世論操作の先駆者であり、悪名高い独裁者として知られている(くわしくは前掲『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』参照)。マルコス一族は長らくフィリピンで影響力を持っている一族である。
さらに結果だけ言うと、ネット世論操作を仕掛けたドゥテルテとマルコス一族がすべて勝利している。
このレポートには対策や提言も書かれており、それはそれで参考になるし、対策が進化していることもわかるのだが、結果的には負けている。また、対策の多くはファクトチェック、リテラシー、SNSの管理などが中心であり、それはそれで重要なのは間違いないが、クリティカルあるいは効果的なものではなかったと言えるだろう。
●欧米などにも通じるネット世論操作の進化
このレポートであげられていた下記の進化は以前ご紹介したサミュエル・ウーリーの『Manufacturing Consensus』や、最近のアメリカの偽情報対策へのバックラッシュなど他の資料や動きとも共通しており、世界各地で起きている変化なのだとわかる。また、すでにフィリピンでは選挙が行われたこともあって、それらが効果的あり、既存の対策があまり効果がなかったことを示している。それぞれのくわしい内容については下記記事を参照。
『Manufacturing Consensus』はデジタル影響工作の新手法とトレンドを学べる良書(https://note.com/ichi_twnovel/n/nfd072b81bcf8)
・マイクロ・インフルエンサー、ナノ・インフルエンサーの活動
・エコシステムの確立
バンドワゴン効果を呼ぶネット世論操作によって、メディアや著名人などがネット世論操作に便乗してきて、それがさらなるバンドワゴン効果を招く。2022年のフィリピン選挙ではそれが起こっていたと考えられる。いわゆるフェイクニュース・パイプラインやプロパガンダ・パイプラインも同様。
・ファクトチェックや偽情報対策への不信感
アメリカでは偽情報対策へのバックラッシュが起きており、今後世界的に拡大する可能性を感じさせた。
アメリカで起きている偽情報対策へのバックラッシュ(https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2023/07/post-48.php)
・メディアやエリート層への不信感
格差によって不可視化された人々の反発が、欧米を中心に広がっている。今回のフィリピンにおけるメディア不信などもこれと背景は近いような気がする。このレポートではマルコス一族によって植え付けられたとしていたが、もともと素地があったのではないだろうか?
陰謀論とロシアの世論操作を育てた欧米民主主義国の格差(https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2023/05/post-46.php)
好評発売中!
ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。