大西洋評議会による中国の言論パワーの分析
アメリカのシンクタンク大西洋評議会のレポート「CHINESE DISCOURSE POWER: ASPIRATIONS, REALITY, AND AMBITIONS IN THE DIGITAL DOMAIN」(https://www.atlanticcouncil.org/in-depth-research-reports/report/chinese-discourse-power-ambitions-and-reality-in-the-digital-domain/)が2022年8月24日に公開された。
このレポートは中国が世界に向けて行使している「言論パワー(DISCOURSE POWER)」を総合的に分析したものである。アメリカ中心の国際秩序に取って代わる新しい国際秩序を主張し、受け入れさせる力だ。その中には、サイバー主権の考え方や国際技術標準などさまざまなものが含まれる。
●本レポートの内容
本レポートは大きく3つに分かれている。
1.CHINA’S UNDERSTANDING OF DISCOURSE POWER AND WORLD ORDER
中国が世界の言論パワー(DISCOURSE POWER)と世界秩序を見ているかを時系列的な変化も含めて解説している。
2.HOW CHINA HAS CENTERED CONNECTIVITY IN ITS DISCOURSE-POWER AMBITIONS
中国が具体的に実行していることについて分析している。ここでサイバー主権、技術標準化、世界各国との連携などに触れている。
3.SUCCESSES AND LIMITATIONS OF CHINESE DISCOURSE POWER
現在までのところの成功と限界を紹介している。
1.CHINA’S UNDERSTANDING OF DISCOURSE POWER AND WORLD ORDER
中国は欧米、特にアメリカが卓抜した経済力を背景に、アメリカ流の民主主義的な価値感を押しつけ、国際通貨基金を始めとする各種制度や機構を作り、国際的な標準を構築してきたと考えている。アメリカは世界のルール・メイカーであり、その他の国はルール・テイカーという構図である。実はこれはハーバード大学ベルファーセンターのレポート(https://note.com/ichi_twnovel/n/n12f3a641ff07)でも同様なことが書かれていたので、この点で中国の見方はアメリカの識者と一致しているようだ。
2008年まで中国は経済成長を優先的に考えていたが、世界金融危機を真っ先に乗り切ったことや、国内の民族主義的な若者(愤青)の盛り上がり、経済力と軍事力への自信から核心的利益を従来よりも拡大した。
中国系メディアでの核心的利益を扱う記事は増加し、研究論文も増加した。アメリカが自国に都合のよいように作り上げてきた価値感や国際制度、標準に対して、中国は挑戦を始めた。
2018年第19回全国代表大会で、習近平が発表した「新時代の中国の特色ある社会主義に関する習近平思想」でそれが明確に提示された。もちろん、さすがに「中国は必要と考える相手にしか人権を認めない」などとは言わず、「すべての国がその国の事情に合った発展を追求する権利」という言い方で、さまざまな国のあり方を許容した。また、アメリカの一国主義ではなく多国間アプローチを強調した。
2.HOW CHINA HAS CENTERED CONNECTIVITY IN ITS DISCOURSE-POWER AMBITIONS
言論パワーは2つの側面があり、ひとつは「発信する力(power to speak)」、もうひとつは「受け入れさせる力(power to be heard)」である。一帯一路を始めした各種機関がその役割を担っている。
いずれの場合も対象を南半球=グローバルサウスに焦点を当てている。
中国政府内部の関連組織は下記。香港や台湾などには、2015年に設立された人民解放軍戦略支援部隊精神戦部隊(People’s Liberation Army Strategic Support Force BASE311=PLASSF)が当たっている。
海外の留学生向けには、中国人留学協会(Chinese Students and Scholars Associations =CSSAs)がある。
レポートにはこれらが巨大なチャートにまとめてあって、全体像を確認することができる。
・発信する力 関係機関一覧
中央宣伝部(Central Propaganda Department, CPD)
統一戦線工作部(UFWD)
中央サイバースペース事務委員会(CAC)事務局
外事委員会(FAC)
人民解放軍(PLA)の政治工作部隊
受け入れさせるためには世論を誘導することが必要になるため世論戦を展開することになり、プロパガンダの発信、国際的なインフルエンサーの活用やデジタル影響工作を行っている。
西側に対する共通の不信感を強調し、西側の介入主義を批判し、発展途上国としての共通の経験を強調することによって、共感を得るアプローチを取っている。
・受け入れさせる力 関係機関一覧
統一戦線工作部(UFWD) 2019年だけで29億ドルを費やしたらしい。
中国人民政治協商会議(Chinese People's Political Consultative Conference, CPPCC)
国際連絡部(International Liaison Department, ILD)
国務院情報弁公室(国務院対外宣伝中央弁公室、SCIO)
大学やシンクタンク
業界団体と民間企業
国際組織と地域組織
報道機関
*地域組織
中国は、グローバルサウスの各地域に組織を作っている。中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)、ラテンアメリカ、カリブ海諸国(China-CELAC Forum)、アラブ諸国(CASCF)などがある。FOCAC参加国は、「多国間主義を守る」、「一方的制裁に反対する」、「内政干渉に反対する」などに賛同すると誓約している。
ただし、これらだけでは不十分で、さらに国際的なガバナンスまでを対象としている。サイバー主権の提案や国際的な標準化団体への参加がそれだ。たとえばこれらに関連した組織である上海協力機構(SCO)や世界インターネット連盟(WIC)を作り、ITU、ISO、ICANN ( Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)などの標準化団体に参加し、存在感を高めている。
3.SUCCESSES AND LIMITATIONS OF CHINESE DISCOURSE POWER
経済、安全保障、情報、外 交の各領域における中国の活動は広範な戦略によって支えられている。
中国が標準化機関、規範空間、デジタル空間のエコシステム、物理的インフラにおいて存在感を高めている一方、西側諸国のアプローチは近年、断片的で対症療法的なものとなっている。アメリカでは、中国の言論パワーが話題になっているものの、偽情報や中国のプロパガンダとは別物として扱われる傾向がある。
中国は、米国とその同盟国の「自由で、オープンで安全で相互運用可能な」デジタル空間を管理・形成するために創設した組織や仕組みそのものを通して推進している。中国の指導者たちは、こうしたシステムに対する西側の慢心につけこんで、デジタル空間を静かに侵食し、利用し、包囲して、中国の言論パワーを拡大するという戦略を実行し、比較的成功しています。
●感想
さまざまな角度から分析しているのと、中国の時系列的な変化を追っていたので、わかりやすく参考になった。他のレポートとの共通点も多く、書かれていることが多くの識者の一致する見解なのだろうと思われた。
【2022年9月13日追記】ふと感じたのだが、ロシアはカラー革命を模倣し、中国は第二次世界大戦後のアメリカを模倣しているようだ。
カラー革命ははっきりした指導者がいない状態で、各国に民主化運動が飛び火し、ネットが重要な役割を果たしていた。ロシアが仕掛けているデジタル影響工作は主体を隠し、分断と混乱から同時多発的な反体制運動を広めている。
中国は第二次世界大戦後のアメリカが経済力と軍事力を背景に世界秩序を構築したように、経済力と軍事力を背景に新しい世界秩序を構築しようとしている。
ロシア(ゲラシモフの論考)はカラー革命を西側の作戦と名指し、これからの戦いの姿をそこに見たと記しているし、中国ははっきりと新しい世界秩序の提案を口にしている。
気になるのは比較的成功している一方で、国際世論を味方につける点では投資効率が悪い問題をどうするのかという点。無制限にじゃぶじゃぶ使い続けるのだろうか?
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