【日記】懐かしの一品
地方出身だけれど、生まれて1年後にはもう別の土地にいた。
だからその土地のことは何も覚えていない。
転勤族の為、実家ももうそこにはないし、
学生時代は別の土地で過ごしたから友人もそこには居ない。祖父母も他界してしまったから帰省することもなくなってしまった。
今後は行くとしたら自ら旅行を計画していく場合のみ。
しかし、せっかく旅行するなら…と、まだ行ったことのない場所を選んでしまいがちだ。
そんなこんなでなかなか行くことのなくなってしまった場所、私の生まれ故郷『広島』。
その場所の銘菓を、先日たまたま手に入れた。
職場の人が広島へ旅行に行ったらしく、お土産でいただいたのだ。
パッケージを見ただけで何かすぐに分かった。
すごく懐かしかった。
何度も見たし、何度も買ったし、何度も食べた。
毎回帰るたびに買っていたから、食べなくても味が思い出せるほどに知りつくしている。
まだ広島へ行く機会があった時には、もう他人に買うばかりで、自分は食べなくなるくらいに飽きてしまっていた。
しかし今は、すごく…凄く嬉しい。
祖父母が亡くなったと連絡を受け、広島へ向かっていた時のことを思い出してしまった。
広島へ行った最後の記憶がそれだからだ。
でも、そんなしんみりした気持ちにはなったものの、祖父母との生前の記憶も呼び起こされて、キッカケをもらってありがたい気持ちが先に立った。
自分でも分かるくらいに、眉はまだ悲しみに歪んだ下がり眉のまま、口元にはかすかな微笑みという感情の入り乱れた状態で、私はしばらくその銘菓が乗った自分の両手を眺めていた。
どれくらいそうしていたか分からないが、ふと我に帰った。そして、「お腹空いてないと思ってたけど…やっぱりお腹空いたかも。」と言い訳めいた独り言をこぼしながら、勢いよくパッケージを開けて食べた。
やっぱり知った味だった。
でも、嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。
やっぱり好きなんだな。
ちょっと涙が出そうだった。
今やその地に行かずともネットでポチッと購入することも可能だ。たまにデパートやスーパーの一角で物産展のようなものをやっていることもある。
今回のようにまた誰かにお土産でもらうこともあるかもしれない。
懐かしい一品一つで何だか大事なことを思い出した気がした。
誰の、何が、他の誰かの心に刺さるかどうかなんて、そんなこと分からない。
でもそれが出会いであり、ある意味、運命というものなのだろう。
その刺さり方には、良いもの・嬉しいものもあれば良くないもの・嫌なものもあるだろう。
でも、そのどれもが自分のことをより深く知る鍵になるとも言えるだろう。
私は今、単に、最近祖父母のことを思い出していなかったなという申し訳ない気持ちもあったけれど、私の娘や息子にとっての祖父母、つまり私の父と母のこともよぎった。もう少し、子供と会わせる機会をつくろうかなとか。
自身を含む核家族間の繋がりについても、色々考えた。家族ってなんだろ、親ってなんだろ…と。
銘菓一つでここまできてしまった。
美味しくいただいたものの、微かに微笑んでいたとはいえ、下がり眉で食べるなんてお菓子に失礼なことをしてしまったな。
(食べ物はなんでも美味しくニコニコしながらいただくのが常の私にとっては一大事だ。)
今度どこかで見つけたら手に取ってみよう。
きっとどこかでその銘菓を見つけた時が、また運命の出会いだろうから。
その時は笑顔で食べるからね。
おいしかったよ、本当に。
ご馳走様でした。
広島銘菓 にしき堂の『もみじ饅頭』と『生もみじ』をもらったんだけれど、
写真の品は『生もみじ』のみ…。スミマセン汗
もみじ饅頭はカステラのような生地が苦手…という人もいるようだが、生もみじはその点を改良された全く別ものの食感!しっとり具合はまさに「生」という表現がピッタリ。
もみじ饅頭は食べたことがある人も多いかと思うが、是非、生もみじとの食べ比べをオススメする。