台風のような恋じゃないけれど #かくつなぐめぐる
自分が昨日着ていたTシャツや彼のシャツをハンガーにかけ、下着や靴下やタオルをピンチで挟みながら考えていたのは「今日は絶対、家に帰らない」だった。
わたしは定期的に電車で2時間半ほどかけて彼に会いに行く生活をしていて、今回、彼の家に来たのは2日前。けれど、今日、出て行くと決めた。
きっかけは、付き合って数年になる彼が朝に言ったひとこと。傷つけるつもりもなく、無自覚に言ったであろうその言葉にカチンときた私は「冷たい人だね」と言い放ち、彼の「いってきます」も無視した。彼はそのまま仕事に向かい、わたしは家で洗濯機を回していた。
洗濯物を干し終えると、服やら化粧品やら、彼に会うために東京の家から持ってきたモノをどんどんカバンに詰め込んでいく。つい2日前に取り出したばかりのモノたちが、ものすごい早さでもとのカバンに戻っていくのを見ながら、少しむなしくなった。
荷物をまとめ直したリュックとトートバッグを自分の横に置き、壁にもたれるようにして床に座り込む。イライラしながら荷物を詰めていたときには意識していなかったけれど、荷物は思ったより重くなっていた。ずっしりと大きくなった荷物は、「今日は帰らない」というプチ家出をおおごとみたく感じさせた。
このまま別れてしまう想像までして、そこで突きつけられる孤独感はどれほどだろうと考える。その孤独を引き受けるには相当な覚悟が必要で、今の自分には耐えられそうもない。
少し前まで「もうひとりで生きていってやる!」くらいにプンプンしてたのが嘘みたいに、決意が揺らぎそうになる。でも、だからといって家を出て行く計画を取りやめるわけにはいかないのだ。自分に言い聞かせるみたいにして、意地でも家を出ることにする。
玄関を開けると、まだ午前中だというのに、夏の日差しがギラギラと眩しい。
この日差しのなか、約4キロある駅までひとりで向かう自分も、ひとりで東京に戻る自分も、そのままこの家に帰らない自分も、どれも“ない”と思った。
別れてひとりで生きていく勇気も覚悟もないわたしは、結局、東京に戻ることなく近所のカフェやファミレスで過ごし、夜は予約したビジネスホテルに泊まった。彼の家には、翌日の夜に帰った。
本音を言えば、ものすごく心配したり会いたがったりしてほしかったのに、彼のリアクションは思ったほどではなくて撃沈した。こんなプチ家出、もうしたくない。そう思ってはいるのに、またいつか「今日は帰らない」の日が訪れる予感がしている。
ひどく気分屋で自分勝手で、思うまま行動してしまうわたし。彼には申し訳ないが、こんな嵐のような感情が沸き起こっては過ぎ去っての繰り返しが、この先もずっとついてまわるに違いない。
昔は、最大瞬間風速のごとく誰かを好きになる台風のような恋をすることが多かった。
でも穏やかな彼と過ごすうち、台風はいつの間にか熱帯低気圧になった。台風のような恋ではないけれど、毎日太陽が降り注ぐわけでもない。晴れの日もあれば曇りの日もあるし、雷雨の日だってある。そういう毎日も、悪くないと思うのだ。
彼と生きていくことは、台風でもなく晴ればかりでもない生活をどうにか、できるだけ楽しくやり過ごしていくことなのだと、今のわたしは考えている。