プラスチックのケミカルリサイクルについて語りましょう-2(ケミカルリサイクルを必要とする背景)
2.1.廃棄プラスチックの現状
2.1.1.世界のプラスチック生産と廃棄の現状
プラスチックの大量生産は1950年代から始まり、急速に拡大してきました。今日では、プラスチックの生産量は年間約3億5千万トンに達し、そのうち約半分が使い捨て製品に使用されています。以下の統計が、問題の深刻さを示しています。
生産と廃棄の実態
• 生産量の急増:1950年の年間生産量200万トンから2021年には約3億6千万トンに拡大(PlasticsEuropeデータ)。
• 廃棄物の割合:生産されたプラスチックのうち、約40%が包装材に使用され、わずか1回の使用後に廃棄される。
• リサイクル率:世界全体のプラスチック廃棄物のうち、リサイクルされるのは9%。残りの19%が焼却処理、72%が埋立地や自然環境に廃棄されています。
海洋プラスチック問題
• 発生量:毎年約1,100万トンのプラスチック廃棄物が海洋に流れ込んでいる(国連環境計画(UNEP)報告)。
• 影響:海洋生物の摂食による生態系の破壊、マイクロプラスチックによる水質汚染、観光業への悪影響。
• 地域的偏り:アジア地域(特にインドネシア、フィリピン、中国)は、河川を通じて海洋に流れ込むプラスチック廃棄物の約60%を占めるとされています。
2.1.2.日本における現状と課題
日本は、世界第2位のプラスチック廃棄物輸出国でしたが、近年の中国の廃プラスチック輸入禁止(2018年)を受け、国内での処理が急務となっています。
国内の統計
• 年間消費量:約900万トン(プラスチック製品全体の消費量)。
• リサイクル率:2020年時点で約25%(そのうちケミカルリサイクルとサーマルリサイクルが多くを占める)。
• 輸出規制の影響:輸出が難しくなった廃プラスチックの一部が国内の埋立地に蓄積。
社会的影響
• 焼却依存:日本ではサーマルリサイクル(燃焼してエネルギーを回収)が主流であるため、CO2排出量の増加が課題となっています。
• 埋立地の逼迫:国内の埋立地の容量は限界に近づいており、新たな最終処分場の確保が困難。
2.2マテリアルリサイクルの限界
2.2.1.マテリアルリサイクルの仕組みと実態
マテリアルリサイクルは、廃プラスチックを収集・分別し、物理的な加工を経て再利用する方法です。主なプロセスは以下の通りです。
1. 収集:家庭や企業からの廃プラスチックを回収。
2. 分別:種類別に分ける。例:PET、PE、PPなど。
3. 洗浄と粉砕:異物や汚染物質を取り除き、小さなペレット状に加工。
4. 再成形:ペレットを新たな製品に成形。
このプロセスは比較的簡易でコストが低いですが、以下のような課題が存在します。
2.2.2技術的な限界
1. 汚染物質の影響
食品残渣や異物が付着している廃プラスチックは、再成形時に品質を低下させます。例えば、食品パッケージや多層フィルムなどの複雑な素材は、分解後に純度の高いリサイクル材を得ることが難しいです。
• 具体例:汚染されたPETボトルは透明性を失い、繊維用途にしか再利用できない。
2. 複数樹脂の混在
現代の製品は多種多様なプラスチックを組み合わせて作られているため、分別が難しく、リサイクル効率が低下します。
• 例:食品包装材でよく見られる多層構造のフィルム(PETとPEの複合材)。
3. リサイクル材の劣化
プラスチックは熱処理を繰り返すことで分子構造が劣化し、機械的強度や加工適性が低下します。
• 具体例:再生プラスチックはバージン材料に比べて耐久性が低く、高付加価値の用途には適さない。
2.2.3経済的な限界
1. コスト構造の課題
廃プラスチックの収集、分別、洗浄にかかるコストが高くなると、リサイクル材の価格がバージン原料よりも高くなり、採用が進まないケースが多いです。
• データ:2020年時点の日本のリサイクル材価格は、バージン材料の1.2~1.5倍。
2. 需要の不安定さ
リサイクル材の需要は、市場の状況に左右されやすく、安定供給が難しい場合があります。特に、石油価格が低下するとバージン原料の方が安価になり、リサイクル材の競争力が低下します。
2.2.4環境的な限界
1. 再利用率の低さ
多くのマテリアルリサイクル製品は、使用後に再度リサイクルするのが難しく、最終的には埋立地や焼却処分に回されます。
2. CO2排出
マテリアルリサイクルでも、収集・分別・加工の各工程でエネルギーを消費し、CO2が排出されます。
【補足資料】
世界のプラスチック廃棄物の処理状況(2023年)
• プラスチック廃棄物のうち、9%がリサイクルされ、19%が焼却処理され、72%が埋立地や自然環境に廃棄されています。この円グラフは、現状の廃棄物処理における課題の規模を示しています。
【補足資料】
マテリアルリサイクルとケミカルリサイクルの比較表
• 汚染耐性、材料の品質、エネルギー消費、コストの4つの基準で両者を比較しています。ケミカルリサイクルの優位性が明確に伝わる表です。
2.3焼却処理の環境負荷
プラスチック廃棄物の焼却処理は、短期的な廃棄物管理の解決策として広く採用されています。しかし、長期的に見ると、環境への影響が深刻であり、特にCO2排出や有害物質の生成が問題視されています。本章では、焼却処理が抱える課題とその具体的な影響を詳しく掘り下げます。
2.3.1焼却処理の概要
焼却処理の仕組み
プラスチック廃棄物の焼却は、約800~1,200°Cの高温で燃焼させるプロセスです。このプロセスでは、熱エネルギーを回収する「サーマルリサイクル」や、焼却灰の最終処分が行われます。
• 利点:
• 大量の廃棄物を短期間で減容化できる。
• エネルギー回収が可能(例:廃棄物発電)。
• 課題:
• 温室効果ガス(CO2)の大量排出。
• ダイオキシンなどの有害物質の発生リスク。
• 焼却灰の最終処分場の確保が必要。
2.3.2CO2排出の実態と影響
排出量の規模
プラスチック廃棄物を1トン焼却すると、約3トンのCO2が排出されるとされています。このCO2排出量は、気候変動に大きな影響を及ぼします。
• 日本の現状:
• 日本国内で焼却される廃プラスチックから排出されるCO2は年間約3,000万トンに達すると推定されています(環境省データ)。
• 日本は廃棄物発電のエネルギー効率を高める努力をしていますが、CO2排出量削減には限界があります。
温室効果ガスの影響
焼却処理から排出されるCO2は、地球温暖化を促進するだけでなく、次のような長期的な影響をもたらします。
1. 気候変動の加速:
• 気温上昇による異常気象の増加(例:熱波や台風の頻発)。
2. 海面上昇:
• 氷河融解に伴い、低地帯の洪水リスクが増加。
3. 生態系への影響:
• 温暖化により、動植物の生息地が変化し、生態系が破壊されるリスクが増大。
2.3.3有害物質の生成
ダイオキシンの発生
プラスチック焼却時、塩素を含むPVC(ポリ塩化ビニル)などの樹脂が燃焼すると、ダイオキシン類が発生することがあります。これらは極めて毒性が高く、環境中で分解されにくいため、次のようなリスクを伴います。
• 人体への影響:
• がんの発症リスクの増加。
• 生殖機能の低下。
• 内分泌系への影響。
• 環境への影響:
• 土壌や水質の汚染。
• 食物連鎖を通じた生態系全体への蓄積。
焼却灰に含まれる重金属
焼却処理後に残る灰には、鉛やカドミウムなどの有害金属が含まれることがあります。これらの物質は、最終処分場での適切な管理がなされない場合、環境汚染を引き起こす可能性があります。
2.3.4埋立地問題の深刻化
埋立地の逼迫
焼却処理後に発生する焼却灰は、埋立処分が必要です。しかし、多くの国では埋立地の容量が限界に達しており、廃棄物管理が困難になっています。
• 日本の例:
• 日本の最終処分場の残存容量は全国平均で約20年分とされています(環境省2023年報告)。
• 特に都市部では、埋立地の不足が顕著です。
インドネシアの状況
インドネシアでは、埋立地が自然発火を引き起こし、大規模な火災が頻発しています。この火災により、大気汚染が深刻化し、地域住民の健康に悪影響を及ぼしています。
• 具体例:
ジャカルタ近郊の埋立地では、年間100件以上の火災が報告されており、大気中のPM2.5濃度が大幅に上昇しています。
2.3.5焼却処理依存からの脱却
サーマルリサイクルの限界
廃棄物発電などのサーマルリサイクルは、エネルギー回収が可能である一方で、根本的な廃棄物削減には繋がりません。さらに、CO2排出量を削減する観点からは、化学的プロセスを活用したケミカルリサイクルが有効とされています。
ケミカルリサイクルの可能性
ケミカルリサイクルは、焼却処理に代わる持続可能な解決策として期待されています。廃棄物の再利用率を高め、環境負荷を軽減するための次のようなメリットがあります。
1. CO2排出量の削減:
• バージン原料を使用する場合と比較して、約40~60%のCO2削減が見込まれる。
2. 有害物質の削減:
• ダイオキシンや重金属の発生リスクが低い。
3. 埋立地依存の低減:
• 焼却灰の発生を抑制し、埋立地の逼迫を解消。
【補足資料】
プラスチック廃棄物処理方法別のCO2排出量
• この棒グラフは、埋立処理、焼却処理、ケミカルリサイクルのCO2排出量を比較しています。
• 焼却処理は、1トンあたり3トンのCO2を排出し、最も高い環境負荷を示しています。
• ケミカルリサイクルは、1トンあたり1トン程度のCO2排出に抑えられるため、より持続可能な選択肢として注目されています。
【補足資料】
処理における主な課題
• 焼却処理が抱える課題を一覧にまとめました。
• CO2排出:焼却処理は気候変動への影響が大きく、環境負荷が最も高い課題。
• 有害副生成物:ダイオキシンや重金属など、人体や環境への影響が懸念される。• 焼却灰の処理:埋立地の逼迫や処理コストの増加につながる。
まとめ
焼却処理は、短期的には効果的な廃棄物処理方法であるものの、長期的には環境負荷が極めて高い手法です。CO2排出や有害物質の生成、埋立地問題などの課題は、持続可能な社会の実現を妨げる要因となります。一方、ケミカルリサイクルは、これらの課題を解決しつつ廃棄物を資源として活用する革新的な技術であり、焼却処理からの脱却を可能にします。
2.4ケミカルリサイクルが必要とされる理由
ケミカルリサイクルは、プラスチック廃棄物問題の新たな解決策として注目されています。その理由は、既存の処理方法が抱える限界を補完し、循環型社会を実現するために必要不可欠な技術であることにあります。本章では、ケミカルリサイクルが求められる背景とその可能性について詳しく解説します。
2.4.1汚染や混合廃棄物への対応力
汚染廃棄物の問題
マテリアルリサイクルや焼却処理では、食品残渣や汚染物が付着した廃プラスチックの処理が困難です。一方、ケミカルリサイクルは分子レベルで分解を行うため、これらの汚染物を効率的に取り除くことが可能です。
• 具体例:食品パッケージや使い捨て容器は、マテリアルリサイクルでは洗浄や異物除去が必要ですが、ケミカルリサイクルではそのまま処理可能。
• 統計データ:世界のプラスチック廃棄物のうち、約50%が汚染や異物混入によりマテリアルリサイクルが不可能とされています(PlasticsEurope)。
混合樹脂廃棄物への対応
現代の製品には多層フィルムや複合樹脂が多用されており、これらを分別してリサイクルするのは非常に手間がかかります。ケミカルリサイクルは、複数の樹脂を含む混合廃棄物にも対応可能であり、従来のリサイクル方法の限界を超える技術です。
• 例:食品包装材で使用される多層構造のフィルム(PEとPETの複合材)は、ケミカルリサイクルで分解し、それぞれの原料を再生成可能。
2.4.2高品質なリサイクル原料の生成
バージン原料に匹敵する品質
マテリアルリサイクルでは、品質の劣化が避けられない一方、ケミカルリサイクルは分子レベルで分解して再合成するため、バージン原料と同等の品質を実現できます。これにより、製品の高付加価値化や多用途利用が可能になります。
• 具体例:
• 日本のJEPLAN社は、PETボトルをモノマーに分解し、新たな飲料ボトルの製造に成功(「ボトルtoボトル」プロジェクト)。
• フランスのCarbios社は、酵素分解技術を用いて高純度のPET原料を生成。
リサイクル材の用途拡大
バージン原料と同等の品質を持つリサイクル材は、自動車部品や医療機器など、これまでリサイクル材が適さなかった高付加価値製品にも使用可能です。
• 具体例:自動車の内装部品に使用される耐熱性の高いプラスチック(例:ナイロン)のリサイクル材。
2.4.3CO2削減への貢献
ケミカルリサイクルは、廃プラスチックの処理におけるCO2排出量を大幅に削減します。
CO2排出量の比較
以下は、1トンのプラスチック廃棄物を処理した場合のCO2排出量です。
• 焼却処理:3トン
• 埋立処理:1.5トン
• ケミカルリサイクル:1トン未満
この比較からも、ケミカルリサイクルが最も環境負荷の低い処理方法であることが分かります。
持続可能な資源利用
ケミカルリサイクルは、化石燃料を使用せずにプラスチック原料を再生成するため、化石燃料依存からの脱却を促進します。
• データ:日本では、ケミカルリサイクル技術を活用することで、年間約500万トンのCO2削減が可能と推定されています(環境省2022年報告)。
2.4.4国際的な政策支援と市場動向
国際政策の後押し
多くの国がケミカルリサイクルを政策的に支援し、循環型社会の実現を目指しています。
• EUの取り組み:
• 「循環経済行動計画」に基づき、2030年までにすべてのプラスチック包装材をリサイクル可能にする目標を設定。
• リサイクル技術への資金援助を拡大。
• アメリカの動向:
• 大手企業によるケミカルリサイクル技術の商業化(例:イーストマンケミカル社の解重合技術)。
市場の可能性
ケミカルリサイクル市場は、今後10年間で急成長が予測されています。
• 市場規模:2022年の世界市場規模は約60億ドル、2032年には200億ドル規模に拡大する見通し(GrandViewResearch)。
2.4.5ケミカルリサイクルの社会的意義
ケミカルリサイクルは、単なる廃棄物処理技術ではなく、社会全体に新たな価値を提供します。
1. 地域経済の活性化
• リサイクルプラントの建設や運営により、新たな雇用が創出されます。
• 特に新興国では、廃棄物管理インフラの整備が進むことで、経済的な恩恵が期待されます。
2. 消費者意識の変化
• ケミカルリサイクルの普及により、消費者は環境に配慮した製品を選択する意識が高まり、持続可能な消費文化が醸成されます。
3. 循環型社会への貢献
• 廃棄物を資源として捉え直すことで、使い捨て社会からの脱却を実現します。
【補足資料】
廃プラスチック処理方法別のCO2排出量
• 内容:各処理方法(焼却処理、埋立処理、ケミカルリサイクル)ごとのCO2排出量を比較した棒グラフです。
• 焼却処理:1トンのプラスチック廃棄物あたり約3トンのCO2を排出。
• 埋立処理:約1.5トンのCO2を排出。
• ケミカルリサイクル:約0.8トンと最も環境負荷が低い。
【補足資料】
ケミカルリサイクル市場の成長予測(2022-2035年)
• 内容:ケミカルリサイクル市場の成長を示す折れ線グラフです。
• 2022年の市場規模は約60億ドルでしたが、2035年までに1000億ドル規模に成長する見通しです。
• この成長は、国際政策の後押しや技術革新により実現されると予測されています。
まとめ
ケミカルリサイクルは、汚染や混合廃棄物への対応力、高品質なリサイクル原料の生成、CO2削減への貢献という観点から、持続可能な社会の構築において欠かせない技術です。また、国際的な政策支援や市場成長のポテンシャルも高く、今後の廃棄物管理のスタンダードとなる可能性を秘めています。
次章では、具体的なケミカルリサイクル技術について掘り下げ、どのように社会実装が進められるのかを詳しく解説します。
2.5ケミカルリサイクルの未来への期待
ケミカルリサイクルは、単なる廃棄物処理技術を超えた、未来をつくる技術です。環境負荷の低減や循環型経済の実現、さらには新たな市場や雇用の創出といった、社会全体に広がる可能性を秘めています。本章では、ケミカルリサイクルの未来への期待を多角的に掘り下げます。
2.5.1持続可能な社会への貢献
プラスチック廃棄物ゼロの目標
多くの国や地域が「プラスチック廃棄物ゼロ」を目指していますが、この目標を達成するには、ケミカルリサイクルのような革新的な技術が必要不可欠です。
• 具体例:
• 欧州連合(EU)は、2030年までにすべてのプラスチック包装材をリサイクル可能にすることを目標としています。
• 日本では「プラスチック資源循環促進法」(2021年施行)に基づき、ケミカルリサイクルの技術開発が推進されています。
循環型経済の実現
ケミカルリサイクルは、廃棄物の再資源化を通じて循環型経済を加速させます。この技術は、プラスチック製品のライフサイクル全体を持続可能な形に変える鍵となります。
• 循環フロー:廃プラスチック→分解→再生原料→新製品→廃プラスチック。
• 影響:
• 廃棄物の削減。
• 新たな資源開発の必要性を抑制。
• 環境負荷の軽減。
2.5.2環境負荷の低減
CO2排出削減
ケミカルリサイクルは、他の廃棄物処理方法に比べてCO2排出量を大幅に削減します。
• 統計:
• 焼却処理では1トンあたり約3トンのCO2が排出されるのに対し、ケミカルリサイクルでは1トンあたり0.8トン未満。
• 年間1,000万トンの廃プラスチックをケミカルリサイクルに置き換えることで、年間約2億トンのCO2削減が可能と試算されています。
海洋プラスチック問題への解決策
ケミカルリサイクルは、海洋に流れ込む廃プラスチックを収集・再利用する可能性を秘めています。この技術を用いることで、海洋生態系への影響を最小限に抑えつつ、持続可能な社会を構築できます。
• 具体例:
• 東南アジアで進行中のプロジェクトでは、漁港で回収された廃プラスチックをケミカルリサイクル技術で再資源化しています。
まとめ
ケミカルリサイクルは、未来の持続可能な社会を実現するための基盤技術として大きな可能性を秘めています。その普及には、技術革新や国際的な連携、政策支援が不可欠です。本技術の発展が、環境保全と経済発展の両立を可能にし、より良い未来を切り開く鍵となるでしょう。