僕のとなりはおばあちゃん
3年生になった。
3年2組だった。
“畑中シュウタ”
僕の名前の書いてある席は、縦から見ても真ん中、横から見ても真ん中、ド真ん中の席。新学年になる時はいつも名前順に席が決まるから、学年が変わる時は決まってド真ん中の席になる。
となりは誰かな、と思って、机に貼ってある名前シールを見ると
“広田ツル”
と書いてあった。
ツル?珍しい名前。僕と同じカタカナだし。
「シュウターー!!また同じクラスじゃん!!」
春翔(はると)の大声が教室の後ろのドアから聞こえてきた。
春翔の声は教室中に響くからいやでもみんなの注目を集める。
ほら、うるさいから「はるとくんうるさーい」とか「また2人同じクラスなのー?ずるーい」とか周りに言われてる。
春翔が何でも大きい声でしゃべるから時々はずかしいんだけど、春翔が同じクラスにいると心強い。一学年4クラスもあるのに3年間も同じクラスだから、これはもう奇跡なんじゃないかと思う。それとも1、2年のとき担任だった田中先生が考えて合わせてくれたのかな。
「シュウタ、お前またド真ん中?俺、また最後」
春翔の苗字は渡辺だから、名前順だといつも後ろ。でも背は小さいから名前順に並ぶといつも一番後ろでビョンビョン飛び跳ねて「俺が一番でかい!!!」と叫んでる。いい歳してアホだなあと思うときもあるけど、2年間ずっとクラスの学級委員は春翔だった。クラスをまとめるとき、春翔はとんでもないリーダーシップを発揮する。これぞ、カリスマ小学生って感じ。
ほとんど全員教室に到着して席に着いたけど、となりの席の “広田ツル” はまだ来ない。このままじゃ遅刻になっちゃうぞって、何だか僕のほうがソワソワしてきた。
結局 “広田ツル” が来る前に先生が来てしまった。去年の田中先生はスポーツが得意で色黒なおじさん先生だったけど、新しい先生は若くてニコニコしてて、お姉さんって感じ。優しそうだけど、優しく見える人ほど怒るとこわいってお母さんが言ってたことがある。僕が初めて田中先生を見た時は、大きくて強そうできっとこわい先生だと思ってたけど、休み時間も一緒に遊んだり、宿題を忘れちゃった時に怒らないで理由を聞いてくれたりして、すごく頼りになる先生だった。
「みなさんこんにちは!今日からみんなの担任の先生になる黒田レイです」
黒田レイ先生は、黒板に大きく自分の名前を書いた。
「先生の名前カタカナなのー?」と誰かが言った。
「すげえ!シュウタと一緒じゃん!!」と教室の端の席から春翔が叫んだ。
先生はほんとだ、シュウタ君もだね、と微笑んだ。優しそうな先生だ。怒ったらこわいのかな。広田ツル、黒田先生に怒鳴られたらどうしよう。
僕の心配をよそにクラスのみんなは、どうしてー?なんでカタカナなのー?と口々に言っている。先生は、ほら、親がアニメファンでさ、エヴァンゲリオンの、と言いかけてあれ、今の小学生には伝わらないか、とひとりごちた。
「それでね、まずみんなに話したことがあるんだけど」
と先生は言って、僕のほうをみた。
「シュウタ君のとなり、空いてるでしょ?実は、今年からこの学校に新しく入ってくるお友達がいます」
その一言に、教室中が大盛り上がりした。転校生?どんな人ー?シュウタとなりでいいなー!と注目が教室の真ん中に集まった。
賑やかになったみんなを見てニコニコしながら、先生は教室のドアを開けた。ちょうど到着したみたいだった。僕は、広田ツルのとなりの席としての使命を果たさなければいけないような気がして、少し緊張し始めた。
ドアが開いた。
教頭先生がその人と一緒にいた。
広田ツルを見て、騒がしかった教室が一斉に静まり返った。
広田ツルは、そばに立っていた教頭先生よりも、もっと年上だった。
黒田先生はみんなのリアクションも気にせず「ツルさんの席は真ん中のところの空いている席です!」と言って広田ツルを案内した。
僕はもっと緊張してきた。
静かになった教室で、第一声を発したのは春翔だった。
「ねえ先生!この人が新しい転校生?」
「転校生っていうか、小学校でお勉強するために、3年生から入学することになりました!お名前は広田ツルさんです。みんなはこの学校に入って3年目だけど、ツルさんは今日が初めてだから、わからないこともいっぱいあります。だから、みんなはこの学校の先輩としていろいろ教えてあげてください!」
先生は何だかさらっと言ったけど、みんな状況を理解できていなかった。僕もできていない。
「…すっげーーー!!じゃあ一緒に勉強するの?毎日?」
また春翔が声をあげた。
「そうです!みんなのクラスメイトになります!」
「すっげーーー!!」
春翔は僕のほうを見て羨ましそうに目を輝かせた。
春翔につられて、誰かが「すげえ!」と叫んだ。他のみんなもやったー!いえーい!と再び盛り上がりを見せた。
朝の会が終わると、教室の真ん中に一気に人が押し寄せた。
広田ツルも戸惑いながら微笑んでいた。
何人もがそれぞれに今何歳?とかなんで小学校に来たの?とか質問を投げかけたから、みんなの声が混ざっちゃって、春翔が「とりあえず、なんて呼ぶか決めない?」と提案した。
ツルちゃん?ツーちゃん?ツルツル?バカそれは名前じゃないだろ
いろんな呼び方が候補に上がってきたけど、これと言えるようなものが出てこないままチャイムが鳴って黒田先生が教室に戻ってきた。
「じゃあさっそく英語の授業を始めるから、みんな席についてください!」
みんながはやーい、全然時間なーい、と言いながらぞろぞろと席に戻っていくと、春翔が何か閃いたような顔をして「先生!」と手を挙げた。
「今みんなでツルさんのニックネームを考えてたんだけど、どうせだったらツルさんに関係する英語を調べて、それで決めるのはどうですか?」
春翔の提案に、全員が目を輝かせた。
「うーん、ツルさんがよければいいけど…」と言って黒田先生がツルさんに目をやると、ツルさんはいいのかね、嬉しいね、と照れたように笑って春翔と顔を合わせた。
黒田先生は「しょうがないな〜」と春翔に言ったが、なぜか生き生きとした顔をしている。
席に着きかけた一同がまた教室の真ん中へ押し寄せた。
「ツルってさ、英語でなんて言うんだろう?」
黄色のワンピースを着た女の子が言った。
「俺、電子辞書持ってる」
と、谷部が電子辞書を開いて調べ始めた。
谷部は、去年有名な小学校から転校してきた天才だ。
谷部の辞書をみんなで覗いた。もちろん僕も覗いた。みんなの頭しか見えなかった。
「クレイン。英語の横に、カタカナでクレインって書いてある」
クレイン!かっこいい!!
俺も!俺も英語の名前欲しい!!
じゃあ私も!
「でも、ニックネームだからもっと名前っぽいのが良くない?」とまた別の女の子が言うと、谷部は「じゃあ、人名辞典も見てみよう」と辞書をスマートにピッピッと操作し始めた。
「アイザック・ニュートン、エイブラハム・リンカーン、……」
谷部が順番に読み上げていくと、隣にいた子が突然辞書を指差して「キャサリン!」と声を上げた。
「キャサリン、良くない?ツルさんってなんか、キャサリンって感じがする!」
僕には全然そんな感じはしなかったけど、当のツルさん、いやキャサリンはまんざらでもなさそうな顔をしている。
もうちょっといろいろ見ようぜ〜、と言うやつもいて調べては見たが、結局キャサリン以上に納得のいく名前は見つからなかった。
こうして僕のとなりは“広田ツル” から“キャサリン” になった。
長い会議が終わってみんな席に着くと、黒田先生がようやく始まるとばかりに立ち上がった。
「実は、今日の授業のために、ツルさんは英語で自己紹介をする練習をしてきています。ツルさん、前に来てくれますか?」
再びツルさんはクラスの注目を集めた。
おばあちゃんが英語で自己紹介をするというのだ。
もし僕のおばあちゃんがいきなり英語で話し始めたら、脳になんとかチップでも埋め込んだんじゃないかと疑う。ティッシュはテッシュって言うし、ディズニーランドは何度教えてもデズニなんとかのままだ。
前に立ったツルさん、いやキャサリンはメモも持たずに喋り始めた。
ハロー、と言った以降、全く理解できなかった。みんなもわからない様子だった。チラッと谷部のほうを見ると、話を聞きながら一所懸命電子辞書を動かしていた。よかった。みんなわからないみたいだ。
ツルさんは最後にThank you. と言って自己紹介を終わらせた。
時々言葉に詰まって思い出すような仕草をしていたが、それでも本当のアメリカ人のように見えた。
今みんなの前に立っていたツルさんは、紛れもなくキャサリンだった。
「ツルさん、ありがとう。今度は、みんなにもわかるように日本語でも自己紹介をしてくれます」と黒田先生はキャサリンに目配せをした。
「こんにちは。広田ツルです。今日からキャサリンになりました。私は、みんなよりも、70歳くらい歳上です。でも、小学校を出ていません。私が子どもの時は、女の子は学校よりも家のことが優先でした。上の兄2人は学校へ通いましたが、私は通うことができませんでした。私は本を読むことがとても好きでした。兄が持っていた本をこっそり読んで勉強をしました。その中でも、英語の勉強が好きで、家族に内緒で英語の本を買いました。洗濯やお掃除をしている時に、隠れてその本をずっと読んでいました。結婚をした後も、一人でいるときは英語の本を開きました。私の将来の夢は、英語の先生になることでした。でも、学校を出ていない私には、先生になることはとても遠い夢でした。学校に通うことは私の憧れでした。私には子どももいなくて、長く連れ添ったおじいさんも去年天国に行きました。そこで、私はずっと来たかった小学校に通うことにしました。今みんなと一緒にお勉強できて、とても幸せです。子どもの時に小学校に通えなかったけれど、そのおかげで今みんなと同じクラスになることができました。1年間よろしくお願いします」
黒田先生が拍手をし始めると、みんなもあとに続いた。
黒田先生はなんだか涙ぐんでいた。みんなの拍手がだんだん大きくなった。
春翔が「俺も、キャサリンと同じクラスになって幸せ!!」と叫んだ。
おずおずと席に着くキャサリンに、僕はこそっと「キャサリン、かっこよかった」と言った。
キャサリンは僕を見て Thank you so much. と答えた。
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公式タグ見て思いついたものを。
小説難しいな〜
ストーリーが頭にあってもなかなか文章にならない。というかずっと情景描写みたいになってしまう。
これ書いてからちょっと調べてみたけど、韓国の学校の事例で同じようなのを見つけた。
おもしろいね〜
日本ではやってたりしないのかしら。