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岐阜訪問記その5 岐阜県美術館「繭/COCOON」展
宇佐江みつこさんの『ミュージアムの女』(フェイスブックで不定期連載中)の愛読者なので、岐阜に行くとなるとやはり岐阜県美術館をメインのターゲットにせざるを得ない。
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チケット売り場で「繭/COCOON展と、所蔵品展示のみとなりますがよろしいですか?」と念を押される。そんな風に言われると、どんなにしょぼい展示なのだろうか?と警戒心が沸くけれども、それは見事に裏切られる。
「繭/COCOON」は、テクノロジーを“人間中心主義”から引き剥がし、エコロジーとテクノロジーを、自然界を含めた世界全体を編み上げる経糸と緯糸として捉えようとするコンセプトの展示。
というと何やらコムツカシイ感じになっしまうけれど、理屈抜きに圧倒される作品たちばかり。
たとえば会場冒頭に展示されているジャン=ルイ・ボワシエの、蕎麦猪口の研究。
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ジャン=ルイ・ボワシエは、フランスのアーティスト、研究者、キュレーター。
ボワシエが世界を駆け巡って集めた蕎麦猪口を並べ、その蕎麦猪口の由来や特徴をパネル展示している。
何故蕎麦猪口なのか?という疑問は、しかしすぐに吹き飛ぶ。とにかくボワシエの執拗な、執念的な蕎麦猪口収集の旅の記録は、そんな疑問がどうでもよくなるほどに徹底している。
蕎麦猪口をある種のメディアと見做し、そこで展開される表現を歴史的にあるいは社会的に、時には芸術として、読み解いていく。
蕎麦猪口という安定し規格化されたフォルムは、テクノロジーの成果であり、寸法の決まった不自由なメディアにおいて、どのようなことが表現されてきたかを辿る。
パネルを読み進めていくだけで、ボワシエのなした仕事の大きさに圧倒され興奮させられる。一つ一つのエピソードがもうとにかくすごい。面白い。
この衝撃は筆舌には尽くせない。まさに体感するアートだ。
それ以降も、刺激的で挑発的な作品が続く。
川に落ちている廃材で作った顕微鏡で川の水を観察する石橋友也「Self-reference Microscope」は、ゴミで顕微鏡が作れるのかというのにまず驚き、その発想に呆れるというか感心し、しかしその後で“Self-reference”という行為の批評性がしみじみと染み入ってくる。
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やはり石橋友也の「金魚解放運動」は、フナを改造して金魚を作り出した営みを逆に巻き戻すことで、生命とテクノロジーの関係を問いかける、のだけれど、金魚からフナに戻っていくプロセスが、巧まざるユーモアを湛えていて、とにかく可笑しい。
しかしよく考えれば、フナから金魚へ、という流れも実は同じことなのではないか?
となると、何故金魚からフナへというプロセスが可笑しみを生むのか。考え始めると案外深いものを突きつけられていることに気付く。
クワクボリョウタの「風景と映像」は、日用品と鉄道模型とライトで、影絵的世界を創出するインスタレーション。真っ暗な暗室の中で観る影絵のインスタレーション、最初は幻想的で面白いのだけれど、次第に目が慣れてきて影を生み出すために使われているものが分かってくると、力が抜けるようなユーモアというか脱力感というか。
そしてこのインスタレーション最大の眼目は、そういった「思わず脱力するような日用品」たちと並んで、知らぬ間に観察者自身も、光りに照らされて影絵を作る素材になっているところ。
観るものが観られるものになるという、世界の顛倒。牧歌的に走る鉄道模型の動きの奥に、極めて挑発的でスリリングな試みが隠されているように感じた。
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カワクボリョウタは、昨夏、千葉の市原湖畔美術館で「Lost Windows」を観てその時も唸らされた。
その他、出展作品全てが、一見脱力的でソフトな装いながら、その奥に怜悧な批評性を湛えている展覧会。最初から最後まで、脱力させられつつ挑発されつつ、の時間。
極めつけは西脇直毅の猫作品。猫がゲシュタルト崩壊する。
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写経ならぬ「写猫(しゃびょう)」体験もできます。
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3月9日まで開催されている。全力でお薦めの展覧会です。