黒沢清『ニンゲン合格』
『CURE』の後の黒沢清は、『CURE』の前の『復讐』二部作をリメイクしたような『蛇の道』『蜘蛛の瞳』連作を撮っている。
『復讐』『CURE』『蛇・蜘蛛』というシークエンスは、黒沢清の一つの頂点だと思う。乾いた虚無と滲み出す狂気、ホラー映画の建て付けを取らずに染み入るような恐怖を描いた傑作群。
そこから『ニンゲン合格』である。
ここには狂気も恐怖も虚無もない。
喪った家族を取り戻そうとする青年を中心にしたヒューマンドラマ。
当時もこの方向転換が良く飲み込めなかった。今見返してもやっぱりよく分からない。
『CURE』で鬼気迫る狂気を振りまいた役所広司は、気さくなおじさんとしてニコニコしており、『復讐』や『蛇・蜘蛛』で、虚無を形象化したらこうなった、というような佇まいをしていた哀川翔は、やたら「俺うざくないですか」と他人に媚び、彼女の尻に敷かれて釣り堀を掃除する気の弱い男を演じている。
もちろんそれが駄目と言うわけではなくて、あまりのギャップの大きさに戸惑ったまま、作品が終わってしまうのだった。
ストーリーとしては、事故で青春期を喪い家族も喪った青年が、少しずつ失くしたものを再構築していくプロセスを描いたドラマ。
少しずつ恢復してゆく青年が、事故で亡くなってしまうラスト、「俺は存在していたのかな」と自嘲する青年に「確かにお前は存在したよ」という役所広司の優しい台詞。
生きることの意味を問うヒューマンストーリー、と云えなくもない。山田洋次かよ、というような物語である。もちろん黒沢清なのでそこまでベタベタではないけれど。
ある意味、挑戦作だったのかもしれない。