『錦繍』宮本輝

前略
お勧めいただいた『錦繍』読み終えました。
一晩で一気に読んでしまった、と書いてくださったあなたには叶わないけれど、僕も今日一日読み耽り、読み終えました。

前回読んだ時には評判の高い作品なのに何処が良いのかさっぱり分からず放りだしてしまいましたが、今回読み直してみて、いろいろと感じることがありました。

何より僕には、有馬靖明という、何処か情けなくだらしのない男の再生の物語として、面白かった。早くして両親を亡くしたという境遇があるとはいえ、それほど思慮深くもない浮気症の男が案外嫌いになれず、特に令子という胆の座った女性と出逢ってから、令子の尻に敷かれながら人生をやり直し始めるところが、希望を感じさせてこの物語のテーマの一つかな、と思いました。

自分が歩んできた道のりが、今の自分を作るという思い、それが、後悔や諦念に満ちた認識だったのに、令子と出逢い暮らすことで、ポジティブなものに反転していく。まさに「愛と再生のロマン」と文庫裏表紙の梗概にある通りです。

一方、夫・靖明の裏切りとそれが招いた大惨事に傷ついた勝沼亜紀については、どうも良くわからない。果たして彼女の人生は再生されるんだろうか?今の夫とも訣れ、後ろ盾となる父も老いて、障害を抱えた子供と二人生きていく亜紀の人生の道行きには、暗い雲が立ち込めているような感覚が拭えない。

確かに気持ちの面では、大きな区切りがついたとは思うけれど…

しかし、女性のあなたなら、僕とは違うふうにこの物語を読んでいるんだろうなと思うし、あなたは亜紀のこの先の人生についてどんなふうに感じたのか、是非そのことをお伺いしたいと思います。

もし良ければ、『錦繍』を読んで感じたこと、惹かれたところ、お聞かせいただければ嬉しいです。

暑い日がまだまだ続きます。どうかくれぐれもお身体ご自愛ください。お返事待っています。

追伸 作中で“奇跡のような”と評されているモーツァルトの交響曲39番を聴きながらこのお手紙をしたためました。この曲を聴いた亜紀は、連綿と連なる人生、いや、一人の人生を越えて繋がっていく生命の不思議さという天啓を受けます。僕たち僕たちの出逢いもまた、途切れることのない運命の連鎖の中の出来事なのかもしれない、そんなことを思いながら。

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