『こころ』夏目漱石
あなたはそのたった一人になれますか。
親友を裏切って恋人を得た。しかし、親友は自殺した。増殖する罪悪感、そして焦燥……。知識人の孤独な内面を抉る近代文学を代表する名作。
鎌倉の海岸で、学生だった私は一人の男性と出会った。不思議な魅力を持つその人は、“先生"と呼んで慕う私になかなか心を開いてくれず、謎のような言葉で惑わせる。やがてある日、私のもとに分厚い手紙が届いたとき、先生はもはやこの世の人ではなかった。遺された手紙から明らかになる先生の人生の悲劇――それは親友とともに一人の女性に恋をしたときから始まったのだった。
言わずと知れた近代日本文学の金字塔。
何度か読んできた作品だけど久しぶりに再読してみて、これまで以上にのめり込んで読んだ感。
ずっと漱石作品を時系列に読んできて『こころ』を読むと、ここで漱石の作品世界が一段の深まりを、あるいは高まりを見せることがよく分かる。
これまで僕は『行人』を最も好みの作品と思っていたけれど、今回の再読で『こころ』がもっとも好きだと感じた。一人の知識人の自滅を見事に描ききって圧巻。
緊張感のある張り詰めた文体画何より読ませる。溢れるような饒舌さの『猫』で作家生活を始めた漱石が、こんな文体に辿り着こうとは。
『彼岸過迄』『行人』で試みた、短編を集積して長編とする目論見も、今作がもっとも破綻少なく構成されているのではないだろうか。
『行人』において、一郎の苦しみが飽くまで第三者の視点から描かれていたのに対し、『こころ』では先生自身の視点により、自己の中にある欺瞞や卑劣さを自身の手によって抉り出す。
この、自分自身を抉る先生の、その自裁の刃の鋭さ。抱えてきた苦しみの大きさが、刃を研ぎ尖らせて、先生の心を切り刻む。
読んでいて切なくて苦しくて、痛い。