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ゲーテ『イタリア紀行』

37歳のゲーテは,生涯の大きな転機となった約2年わたるイタリアへの旅に出る.自分の眼で見,感じたことを淡々と語る旅行記.

上記梗概は岩波書店のサイトからの引用なのだけれど、“淡々と語る”という表現はどうかなあ、けっこう興奮して熱くなってるところも多いよ?

内容は、ベネチア、ナポリ、シチリア、ローマを訪れた際の見聞や交友の記録。何かドラマティックな盛り上がりがあるわけではないので、内容としては確かに“淡々と”している。

友人たちへの旅先からの報告の手紙を編集したもので、文学作品として構成されたものではなく、同じようなことの繰り返し(何かを見に行った、誰それと会った、的な)。あと、自然科学者でもあったゲーテらしく地質や風土などについても細かく観察している。ブラタモリ的な面白味はある。

何かしら物語的山場っぽい場面と言えば、有名な国際的詐欺師・カリオストロの自宅を訪ねる下りくらいか。このカリオストロについてはやはり岩波から、『山師カリオストロの大冒険』という本が出ていて著者は種村季弘。

これまた面白そうなので読みたい本リストに追加する。

歴史的遺構や芸術作品を観て沸き起こる様々な感興や、風俗習俗についての紹介など、いかにも紀行文らしい、旅の記録は、読むものを旅に誘う。

しかしながらこの作品の最大の魅力は、相良守峯による翻訳ではなかろうか。

見事な日本語だ。美しくて気品がある。豊富な語彙からも訳者の知性が滲み出る。日本語をここまで自家薬籠中のものとしている文筆家はなかなかいないのでは。それを、しかも翻訳という縛りの多い営為の中でやでてのけてみせる。感服、讃嘆、驚嘆しかない。

某有名作家が、「翻訳には有効期限がある」と言ったけれど、果たしてほんとうにそうなのだろうか―?『イタリア紀行』は光文社から新訳も出ているけれど、相良訳の魅力は時代を経ることによっても些かも減ぜられていない。岩波文庫も最近は新訳改訂することが多いけれど、こういう素晴らしく訳業は永く遺して欲しい。

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