『墨東奇譚』(1992)
『墨東奇譚(ぼくとうきたん)』(1992)
監督・脚本: 新藤兼人、原作:永井荷風
出演: 津川雅彦、墨田ユキ、杉村春子、乙羽信子
荷風の本は読んだことがないが、新藤兼人監督の映画なら間違いはない。
先生は躍動する生に着目し、一貫してそういった種類のエネルギーを変換して映画を撮る。根っからのIndependent作家、撮りたいものだけを撮り続けているのだ。
いつか先生お奨めの『断腸亭日乗』を読んでみよう。
今年も恵方巻き(節分)の刻を迎えた。
関東圏に住んでいたのでその風習はなかったが、ここ数十年、企業努力もあってか定着している感がある。
それで思い出すのが、その時期になると、遊女が家庭に戻ってしまう旦那衆を愛憎半ばして、帰ってしまった方角を向き、苦々しげに恵方巻きを頬張りながら願をかけるのである「早く逢いにきてほしい」と。
誰から聞いた話だったか本で読んだのだったか思い出せないが、その切なさが遊郭をイメージする時浮かぶ。
でもそれでいて逞しく、自身を切り売りしながらもオトコを魅了するのである。
さて本作であるが、例によって粗筋などを語っても仕方なし、
日本のデ・ニーロと自ら豪語(出典未確認)する津川雅彦を主人公に、飄々と遊ぶ荷風を描いてる。
書籍の虫干しをしてる荷風が唯一作家たる所以か、そのほとんどがオンナ絡みで遊んでる。
玉の井遊郭の佇まいがいい。
"ぬけられます"に、"ちかみち"などのネオン看板が、ずっといいペーソスを漂わせる。
玉の井名物の蚊の応酬にドブ川臭さを感じ、
日本兵を引き連れた隊長の「よし、かかれ!」に苦笑する。
東京大空襲があり、関東大震災がある。
乙羽信子が象徴する娼婦の成れの果てに悲哀を感じた。
人は望む望まずにかかわらず生きていかなければならないから、成れ果てたり朽ち果てたりしてしまう。
それでも刹那に輝き、放蕩し、悦楽を愉しむ、そんな映画だった。
永井荷風は最期まで生き切った。