【鉄日】24/07/06. 名前はNobody
古い歌を口ずさみながら、梅雨らしい雨脚の音を肴に、ワインをちびちび。
今の仕事もおおよそ半年が過ぎ、実に快適に、毎日をやっつけてる。
半年、どうやらこれくらいが一番楽に感じる頃合いなのかも知れない。
やる仕事も程よく小慣れ、無理せずとも力を抜くこと覚え、背景を知るから優先順位も自ずと了解するので円滑に動ける。
それで半年、次からは退屈と怠惰が襲ってくるのだろう。
そこで雇い主は、有給休暇などの餌を用意して、長居を勧めてくる。
有り難い、もう少し腰を下ろしておこうかな、お茶のお代わりを、いやこうなったら先は長い、お酒にしちゃおうかな、
てなやうな台詞がありましたな、偉大なるパイセンに。
仕事もワインと似ていて、採れたてを楽しむヌーボーみたいのや、程よい熟成度、ディープな古酒、年代毎に飲み頃があったりして、長けりゃいいってもんでもなく、それぞれに時期頃合いがある、ていうじゃないですか?
問いかけ?になってるのは、僕はワインに関してはてんで無頓着なので。
コンビニの安いのでも、一万円を超えるヴィンテージものでも、酔ったら一緒。
ホントは酔っ払っちゃいけないんでしょーが、余韻を楽しむとかね、葉巻みたいな流儀もあろうが、
酒は酔うためにあるのです。
仕事にも潮時ってやつがあり、それから長期滞在で得られる楽しさもある。
そこを見計らわないと、短い人生に悔いを残すことになるんではないだろうか。
それにしても何をやるにせよ、その時々を楽しんだ方が、気楽でいいですね。
いわゆる長期滞在してる今生という現(うつつ)において、いまそこに在るからといって油断はできない。
どんなに短くとも長くとも、そこに腰を下ろしている現状は、仮の姿であるコトを知るべきだ。
ならば本当の姿は何なのかと問答するならば、仮の姿が連続していくその流れ、であるんだろう。
本当なんてものはない、流れていく揺らぎが、真実らしきものを物語るのではないんだろうか。
だから逆に、その瞬間だけに本当があって、流転してしまうと尻尾が掴めない。
ついては、瞬間を楽しむ、それが答え。
古い歌を口ずさみながら、部屋に独り。
最近、映画を観ない、インプットの時代を終えたのかしら。
篭ってやれるコトをする。
外に出ないのはコロナん時と寸分変わらぬコトであるが、用事が無いから出ない。
子猫が来たコトは大きい。
猫じゃらしで遊べるこの時期は、何物にも変え難いのだ。
酔っ払ってずっと遊ぶ、時間なんてもんは溶けて消えてしまう。
ようやくここまで辿り着いたのかも知れない。
焦って何かをする必要なんて何もないのだから、今を楽しめる。
"名前は Nobody 何者でもない
行き先は Nowhere 誰がわかるハズもない
Bye Bye Everybody, Goodbye for so long
通り過ぎていく すべてのものへ"
古い歌を口ずさむんだ。