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下澤さん2

本作は続編になります。1作目、2分でサクッと読めますので、よろしければこちらから先にどうぞ!!

週末は間も無くやってきた。

下澤さんの自宅に行くと、「お、来たかぁ」と待ちくたびれた様子で、お出迎え。

アルコールの抜けた下澤さんは、声は変わらず江頭だけど、黒髪ふさふさでなかなか二枚目だった。言うなればイケオジ。かつてこの街を牛耳る番長だったという噂も信憑性を帯びてきた。

完全に酔っ払った勢いで取り付けた約束であったが、まさかこうも簡単に実現してしまうとは。

「おめ、今日はこれにのりやがれ。オンボロだが、悪かねぇぞ。」

下澤さんの示した先には、Yamahaのセロー。

謙遜、などではなく、正真正銘のオンボロ車だった。これからのタフな戦いに挑むにはあまりに心もとない。

表面には『八宝丸』と書かれた謎のステッカーが貼られている。こいつの愛称なのだろうか?バイクのくせに漁船みたいな名前をしてやがる。

「さ、行くぞ。」
簡単に説明をしたあと、下澤さんはエンジンをふかし、ガレージから出発した。

僕がなれないバイクにまたがり、よちよちと発進したのに対し、下澤さんはアクセルフルスロットでけたたましい轟音を鳴り響かせながら、ウィリー走行(前輪を地面から浮かせた状態で走行すること)している。「すごい、というより、怖い。」

自分はアスファルトの上ですら、100kmちょいしか走ったことのない、いわばピカピカの一年生。対する下澤さんは、バイク歴数十年、バイク所有台数8台のベテランシニアライダー。

こんな曲芸みたいなことまでできちゃう番長と、たった2人で山中ドライブか。置いていかれたらどうしよう。

数分ほど、公道を走り、程なくして林道に到達した。
腰丈ほどまで伸びた雑草が僕らの進路を塞ぐ。
僕は大慌てでブレーキをかけたけれど、下澤さんは、目前に広がる障害物を意に介さず、アクセル全開で猛進していく。

「え、ここ通るの?」

山道を走るとは聞いていた。でも、僕の想定していた山道は、もっと車輪跡のある、ある程度整理された道だとばかり思っていた。ところが目前に広がるのは、しばらく手入れされていないような伸び放題ぼうぼうの雑草ロード。

気づけば下澤さんの背中はみるみるうちに豆粒サイズになり、見失ってしまった。

森へ入る途中「熊注意」の看板があったことから推察するに、ここで下澤さんに置いていかれたら、僕は今日熊の格好の餌である。
終始こけるんじゃないか、という不安を抱えながら「熊に喰われるよりマシだベや」と己を奮い立たせ、へっぴり腰でノロノロと進んでいると、下澤さんが停車して待っていてくれた。

「おめ、そんな情けないフォームでバイク乗るライダー見たことないよ。大丈夫だバイクを信じろ」とはるか前方からげきが飛んできた。

「バイクを信じろ」
下澤さんからのアドバイスはそれだけだった。
運転やバイクの取り扱いに関する指導は一切ない。

「ついてこい」「バイクを信じろ」
他人任せ、バイク任せ、さすがにこっちも怒りまっせ?

「俺、いい先生だからね」
数日前のあの言葉は一体なんだったのか。これでは「いい先生詐欺」である。言ったもんがちである。置いていかれた劣等生の僕からしたらたまったもんではない。

と、ぶつくさ文句を垂れていたのだが、しばらくして気がついた。
言葉で教えるだけが教育ではないと。

下澤さんは、先行しすぎた時は、いつだって止まって待っていてくれたし、急カーブの前にはブレーキランプで、その存在を事前に教えてくれた。コース取りも速度調節も、全てその背中で見せてくれているではないか!!

言葉にして教えてくれることはあまりなかったけれど、一見、ぶっきらぼうに見える下澤さんの運転は愛で溢れ、学ぶことが多かった。

少々経つと、要領をつかんできた。フキの群生地をばっさばっさとかき分け前進。バイクの騒音に驚いた小鳥たちが、慌てるように飛び立ち、しばし同じ方向へ並走。
この景色は、確かに舗装された道じゃ見られなかっただろうな。

アクセルをふかし、先行する下澤さんの真横に並ぶ。
下澤さんは「おっ」と目を少し見開いたあと、僕に問いかける。

「どうだ、楽しいか?」
「楽しい!下澤さん、これ楽しいですよ!ゾクゾクします。」
ほころんだ表情で答える。

「そっか。」
少しだけ嬉しそうな顔をして、さらに加速する。

寡黙だった。でも、優しかった。
いつだって、離れすぎた時は、僕が追いつくまで、停車して待ってくれていた。

「疲れていないか?」
「全然!!」

2時間ほど、ドライブを楽しんだのち、
終わりの瞬間は着実に近づいていた。

草藪をかき分け、視界がわさっと開けた時、前方には、鹿でも登るのに苦労しそうな急斜面が立ちはだかる。
多分、2時間前の僕なら、狼狽して、「無理だよ」と蜻蛉返りしそうな難敵である。だが、今は、怖くない。不思議とワクワクしていた。

「行くぞ、さぁ、最後だ」
下澤さんが微笑を浮かべながら、僕を見つめる。
アクセルを目いっぱいにきり、バイクがけたたましい悲鳴を上げながらも、斜面を一気に駆け上がっていく。

こうして、僕たちのツーリングは幕を閉じた。



せわしなく木々をかき分けていたエキサイティングな時間から一転、滑らかに整備された公道を1人バイクで走る帰路。
オフロードとオンロード。オンボロ車と新車。山道とアスファルト。興奮と弛緩。

「なぁ、事故だけは気をつけろよ。また、一緒に走ろうや。」

去り際に残してくれた下澤さんの言葉が、僕の脳内で、何辺も何辺も再生されていた。

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