黒豆納豆の乱(私が黒豆納豆を初めて食べた時の心境。)
時は天正なり戦国の世。
我こそが天下人にならんと朝も夜も猫も杓子も合戦に明け暮れていた。
山国日本、幾多もの山々山の中、とある山合いにて一万五千の軍勢と一万五千の軍勢が、長きに渡り大地を血に染めていた。
両者一歩も引かず武勇と知略を惜しみなく凝らし、いつからかお互いに口には出さないが、なんとなくその実力を認め合うようになっていた。
ある日、敵の陣地から隠密が顔色を変えて戻ってきた。何か不穏なものを手に入れた様子だった。
その手の内からは只ならぬにおいが拡散されている。
よろずを欺く忍びの者でさえも、隠すことのできぬその芳香。冷静を努めてはいたが、狼狽しているのは一目瞭然であった。
抜ける様な青い空にはためく陣旗。
騒然とした人のざわめきは波のように広がる。
風が運ぶは果たして吉か、凶なるものか。
寸刻後、陣幕の中では重厚な甲冑を身に纏う者たちが隠密を囲うように並んでいた。
長きに渡る戦の中でも、男たちからは一向に衰えぬ猛々しい闘志が滲み出ている。
隠密からは怪しい異臭が溢れ出ている。
ひときわ大きな熊のような風体の男が、ざわつく者どもを、一睨みして黙らせた。
その男は得体の知れないくささの中でも悠然としていた。威風堂々と座り、鷹のような目をぎょろりと隠密に向けた。
「申せ。」
「はっ。珍妙な、敵の兵糧食と思われるものを手に入れて参りました。」
「それは如何なるものか。」
「はっ。豆のようなものですが、ひどいにおい、粘り気があり、腐っているように見受けられます。とても食べ物とは思えない代物にございます。しかし、美味い美味いと皆が食べております。」
「なんとおかしなことだ。ここまでにおうぞ。
奴らはとうとう正気を失ったか。
ははあ、兵糧が尽きたな。
よし、うぬがここで食べてみよ。」
「・・・・・・・はっ。」
隠密は思った。
敵は、こんなくさくてねばついて犬さえ食わぬようなものを美味いと食べているなんて、同じ人間といえども体のつくりが違うのかもしれない。
口に入れた瞬間に泡を吹いて死ぬかもしれない。
故郷の母を思った。
おっかさん、田植えの時期に帰れなくてすみません。妹よ、どうか無事に大きくなってくれ。チロや、おっかさんと妹を頼んだぞ。
お天道様これまで生かしてくれてありがとうございます。今から隠密としての役目を立派に果たします。おっかさん。先立つ息子をお許し下さい。
隠密は涙を堪え、このひどいにおいのする腐った豆を決死の覚悟で口に入れた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
一同は固唾を飲んで隠密を見ていた。
「・・・・・・・さして、どうか?」
「はっ。う、美味いです。」
「はっはっはっ。そうか美味いか。ご苦労だったな。どれ儂も食ってみよう。」
「殿!おやめください!!早急なご判断にございます!!」
「いやいや。鬼の異名を持つ儂だ。大胆不敵が代々の家名。儂が食わずして誰が食うのだ。」
「いけませぬ!殿ーーーーーーー!!」
家来たちが抑える間もなく、殿はそのくさい豆をもりもりと頬張った。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「うむ!!これは美味い!!!!」
そしてあまりの美味さに感激した勇猛な武将は、こんな素晴らしきものを作り、恐れ臆することなく皆で食べている敵国の武将に書状を一筆啓上仕り候。
貴殿の国にて作られ食される腐った豆に感服致し候。貴殿こそは剛勇の将と見受けられ候。
食の豊かさは即ち心の豊かさ相成り。
食と心は同義成り。
故に兵たちは腹が頑丈であり、我慢強さは岩の如し。天晴れ候。
豆は玉の如し万事うまく転がる吉報と心得、糸は良縁の天啓と給り候。
由縁宜しければ我が娘との婚姻を申し入れたし候。
然らば腐った豆を友好の証しとして賜りたく和議申し立てまつり候。恐惶謹言。
そして長らく続いた戦に終止符が打たれた。
両国は和議を結び、友好の証しとして婚姻が執り行われ、御家とくさくてねばる豆を通じて両者の関係が深まった。
納豆は天下泰平をもたらし日本の礎となった。
以上。私が最近初めて黒豆納豆を食べた時の心境でした。
いただいた水戸のお土産の黒豆納豆があまりにも美味しくて感激し時代小説(?)の執筆に至りました。
こちらの美しい包みをご覧ください。
蓋を開けるとタレとわさびが付いています。
わさび!ほわあー。からしじゃないんだ。わさびで納豆を食べるの初めて!なんか通っぽい!嬉しい。ってなりました。
美しく光る豆は黒真珠の如し。
口当たりはまろやかで、一粒一粒がねっとりとした弾力を主張します。まったりまめまめとした濃厚な味わいに溺れていると……全体をぴりっと締める総括的わさび華やぐ。
舌の上が極楽浄土、偕楽園。私は熱い目頭を押さえました。至極愉悦候。幸せです!!
とっても美味しくてびっくりしました。
心の武将が和議和議しました。