#23【音楽コラム】ポール・マッカートニー名歌唱6選
はじめに
ポール・マッカートニーを語るとき、その作曲能力の高さは往々にして賛美される。もちろん彼の作曲能力は尋常ではない。ロックンロールに限らずR&B、ジャズ、クラシックなど様々な音楽の膨大なインプットを再構築してアウトプットする技量は類稀なる才能だ。しかし彼の“声”に対してはジョン・レノンのそれに比べてあまり注目されない。しかしビートルズやソロでの長いキャリアにおいて「この曲はポールの歌声あってこそ」と言えるものは数多くあると断言したい。というわけで今回はポール・マッカートニーによる名歌唱を6曲紹介したい。
1.Long Tall Sally
リトル・リチャードの名曲のカバー。耽美的でロマンティック、そして上品なパブリック・イメージを持つポールが紛れもないロックンローラーであることを証明する1曲。曲冒頭からの圧倒的なシャウトとリトル・リチャードへのリスペクト溢れるファルセット、完璧なロックンロール歌唱と言えるだろう。この曲を聴くとポールがもしかしてジョン・レノンやエルヴィス・プレスリーを凌ぐロックンロール歌手なのではないかと思える。「本人越え」などともよく言われるビートルズのカバー曲の中でも間違えなく秀作の1つだ(ただこの曲に関してはリトル・リチャードのオリジナルも強烈なので“張り合える”程度だとは思う)。
2.Drive My Car
アルバム「Rubber Soul」の1曲目を飾るこの曲はモータウンのアーティストなどブラック・ミュージックからの影響を多大に受けたグルーヴィーなテイストを持つ。バラードからこの曲のようなブラックな味付けの楽曲までを歌いこなすポールの歌唱力はやはり異常だ。「Let It Be」や「Yesterday」の歌声からは想像もつかない、野太くドスの効いた歌唱は、このアルバムから顕著になった力強いベース・ラインや録音技術の向上によって実現した音の厚みにも負けず、メロディに起伏の少ない、ともすれば単調になってしまいそうなこの曲をドラマティックに仕上げている。
3.I Will
「The Beatles(通称:ホワイト・アルバム)」に収録されているこの曲はビートルズの楽曲の中でもマイナーなものだ。しかしこの曲でのポールの歌唱はビートルズの楽曲全ての中でも秀逸と言える。アコースティック・ギターとパーカッションとポールの声というシンプルな構成にも関らず実現した高い完成度はポールのボーカリストとしての才能あってのことだろう。優しく語り掛けるような主旋律とサビで華を添えるハーモニーは美しいバランスを保ち、ベースラインをあえて口で歌うことでさらに楽曲の柔らかさを演出している。このような歌声のハーモニーもまた、ブラックミュージックの影響下にあると見ることもできるが、それをフォーク的なアコースティック・ギター主体の楽曲に取り込む技量は歌唱力、作曲能力、アレンジ力といった音楽能力をオールマイティに兼ね備えたポールにしか持ちえないものだ。
4.Oh! Darling
実質的なビートルズの最終作と目される名作「Abbey Road」に収録された楽曲。ビートルズの集大成とも言われるだけあって秀作揃いのアルバムだが、この曲も御多分に洩れずヘヴィな音像と美しい旋律、アレンジの緩急、どれを取っても一級と呼べる完成度を誇る。しかしここでもまたポールの歌声はとてつもないパワーを発揮する。録音前の1週間毎日練習を重ねたというだけあってポール自身もなかなかに気合が入っており、冒頭で紹介した「Long Tall Sally」にも通ずる力強いシャウトやファルセット、さらにはそれまでのキャリアで培った優しく美しい歌声、彼の持つ芸に富んだ歌唱をフルコースのように楽しむことができる。
5.English Tea
2005年のソロ作品「Chaos And Creation In the Backyard」に収録された1曲。アルバム制作時点で既にナイトの爵位を受けており、名実ともに「紳士」となったポールが少々の皮肉っぽさも含めて「英国趣味」を音にしたような楽曲だ。「Would you care to sit with me」といった少し気取ったような歌詞を飄々と歌いこなし、歌詞全体で提示される英国的な風景を映像的に浮かび上がらせるような素晴らしい歌唱と言えるだろう。この楽曲はまた彼が単にR&B、R&Rといったアメリカの音楽だけでなく英国的、欧州的なものからの影響も含め、それらを再解釈して作品を作ってきたことの象徴でもあり、それらの幅広い土壌が「七色の声を持つ」ポール・マッカートニーを作り上げたと言えるのだ。
6.Early Days
2013年に発表されたアルバム「NEW」に収録された作品。長年に渡ってハードなツアーをこなしてきたポールの声は以前に比べて枯れたような風合いを持っているが、しかしポールはその枯れた声をも楽曲に映えさせることができる。老いるということは決してマイナスな意味を持たず、むしろポジティブに受け止めることができる、その証拠として老いた声で素晴らしい作品を仕上げている、これほどカッコいいことはないだろう。そして歌われるのはビートルズ、主にジョン・レノンと過ごした「Early Days」についてだ。道半ばにして世を去ったかつての親友を偲び、一人歳を取ったポールがその思い出を年老いた声で歌う。ビートルズのファンとしてはポールにしか分からないであろう寂しさや感傷、楽しい記憶を少しだけ理解できるような、感動的な気持ちにさせられる。
さいごに
ポールの名歌唱はここに書いた6曲にとどまらず、他にも素晴らしい歌声を聴くことのできる楽曲は数多と存在する。ビートルズという大きすぎる肩書や名声を一旦忘れたとしても、彼の歌唱は心に響くものばかりだ。是非とも彼の「声」にも注目して楽曲を聴いていただきたい。そこには新しい発見や感動が満ちているだろう。
筆者:吉本伊吹
画像出典:
ポール・マッカートニー公式サイト
ザ・ビートルズ公式サイト
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