茨城言友会2022年3月度オンライン例会(ダイジェスト)
例会概要
近況報告
先月からの変化として3度目のワクチン接種、翌日が厳しかったので仕事も休んだ。
小学校の時の作文が発掘されたのであるが、今と変わらないものを見せつけられて「改めて」読み直す意義。先週、全言連の例会に参加。農業のほうは順調、仕事は今のところなく「勉強」をしている。
将来の「つどい」開催に向けてZoomのProライセンス(年間2万円台)を取ろうと思うが、どうするか?名古屋言友会会報(『やろまいか』)を読んで、吃音の合理的配慮についてを考えて思いついたこととして、吃音に関しては「どもり」などの表記ではなく「言葉(話し方)の不自由な方」という表記はできるのではないか。
今年のうちに対面での講演会などをやっていかないといけないフェーズに入っているのでは?先日の地震被害は家電こそ壊れなかったが、それ以上に移動インフラとしての東北新幹線が止まって「いつ茨城に行けるか」わからない。
3回目のワクチンは早いうちに打った(モデルナ)が、2日は動けなかった。
昔からの知人付き合いで年を追うごとに変化した価値観の違いに戸惑う。最近の戦争の映像を見ていると、自分がその中にいたら最善を尽くす以外にないな、と思った。
記憶トレーニングに関しては、特別支援関連で記憶トレーニングを使うと児童が自発的に物事を覚えるようになった。様々な視点を持つ重要性。 在日ネパール人の日本におけるコミュニケーションに難があることを踏まえると「言葉の壁」は大きい。その観点で支援が必要となってくる。
会費納入連絡
22年4月より年会費制(1,500円に)
4月より毎回の参加費(200円)と年会費(1,500円)となるが、その前に総会の開催が必須となる。
しかし、会員の定義はとなるとどこまでか?
新規会員を獲得する機会を増やしていく必要(新規会員の取り込み)
とはいえ、言友会を「卒業」した上で自分なりの生き方を見出した人もいるのでは?
SNSとイベント企画に力を入れてから、例会の案内を行うのが今後の流れか?
言友会はなくしてはいけない組織であるが、最低限の規模は維持したい(吃音者の受け皿として)
言友会の意義とは? ~SHGの「伴走」型支援を考える~
SHGとしての形でつながれば「それでいい」が、アクセスできる地域にあることが重要。
SHGは「一人で悩まない」「仲間になる」場として必要となってくる。継続することこそ重要。
支援は課題解決も重要だが、伴走することも重要では?
オンラインでは「埋められない」形での支援、SHGは対面で会ってこその「空気感」と「困り感」を感じ取る必要性。
付き添って走る形で支援する重要性。
対面のいいところは、自分でも気づいていないようなところで発している信号を「感じ取れる」ことと「一人にさせない」ことの重要性。大規模でなくとも、継続させることの大切さ。茨城として大切にしたいところ。
伴奏型支援では当事者のペースに合わせることが要求されると思う。当事者のペースを尊重しながら個別的に適切な支援(かかわり)を考える。そのようなかかわりから当事者が自分の問題を考える力が育つと思う。そして当事者が自身の考えや行動が間違っていなかったことが確認できれば自己肯定感につながると思う。
SNS上での発信も大事だが、それ以上にイベントを企画して足を運ばせることこそ重要。新年度は人集めの観点から一度つどい名目でやりたい。
事例研究:ツクスタ(筑波大学吃音サークル)
2022年より筑波大学内の吃音サークルとしてツクスタを開始。
毎月SHGと勉強会に分けて月2回開催。SHGはTwitter・instagramで広報を行っているので若年層の参加が多い。
(SHGは今後、茨城言友会と一緒に出来れば……)勉強会は当事者のみならず、吃音にかかわる人間も加わって専門的な話を行っている。
つどいをどう開催するか?
来年度開催を目指して考える
講師を呼ぶのは手間と時間がかかる
敷居を低くしてやりやすいことを考える(体験談やHowToなど)
ターゲット層をどこに設定するか?
あまり有名な先生を呼んで人を集めても、その後のフォローができない以上はやめたほうがいいのでは。
相談することは二の次で、まずは「集める」ことが重要かも?(一緒になれる場)
楽しい時間を過ごすことよりも、実際に悩んでいる・困っている自分の問題に関する話題で参加できるかは難しい?
「注文に時間のかかるカフェ」茨城版を考えるべきでは?
若年層に寄せたテーマ(就活など)での講演にプラスして、体験談を入れるのも集まりやすいのでは?