息子のたまたまが行方不明なので
息子は、生まれつき片方のたまたまがない。あるにはあるのだけど、下の袋に降りてきてないのだ。「精巣停留」というビョーキらしい。
生まれてすぐ、小児科の先生がやってきて
「お母さん、ちょっとお話が」
と言われた時にはドキッとした。船越英一郎似の先生は、たまたまの状態を丁寧に説明してくれた。
「そのうち降りて来ることがあるから、予防注射の時に、小児科で聞いてね」
と言われ、「そのうち」を期待して、五ヶ月経った。
お風呂のとき、息子のたまたまに「降りてこいよー」と念じてみたが、効かなかった。降りてこないたまたまから、何か学べということらしい。
小児科から紹介状をもらい、大きな病院の小児外科にうつった。受付を済ませ、エレベーターで上がる。同乗したおばあさんが、扉を開けて、優先してくれた。身長と体重を測る部屋で、通りがかった先生が、息子に話しかけてくれた。のに、男には愛想を振りまかない息子。
待合室には、管をつけた小さな赤ちゃんや、ギプスをはめた女の子。不安そうなお母さん。息子がなんの問題もなければ、知ることのなかった世界があった。
診察中、息子は、しまじろうのアニメを見たり、エコーを撮る先生を観察したり、時々わたしを確認したり、キョロキョロと首を動かしていた。
「今後たまたま(先生もそう言う)が降りてくることはなさそうなので、一歳になった頃に手術をしましょう。手術をすれば、全部解決と言うわけではないですが、あるべきところにないと、機能が落ちてしまうこともあるので」
たまたまの絵(上の写真)を描きながら、手術の内容を教えてくれた。
メスを入れると聞くと、さすがのわたしもちょっとびびる。息子はちゃんと話を聞いて理解したようだった。男の体のことだし、息子自身に任せてみよう。
「このイラスト、持って帰ってもいいですか。分かりやすいです」
「どうぞどうぞ。年齢に合わせて、足もムチムチに描いてますから」
お茶目なお医者さんだった。
長いことわたしは、
「病院の先生=冷たい」
「子ども連れて歩く=文句を言われる」
イメージがあったけど、息子が生まれてから、そんな目には一度も会ったことがない。むしろ、行く先々で、親切にしてもらえる。ニコニコっと笑う息子に、働いている人も手を止めて、笑いかけてくれる。
抱っこひもに息子を入れていたので、軽くなったベビーカーがひっくり返ってしまった時も、イケメンリーマンが助けてくれた。なんだ、やっぱり世界は赤ちゃんにやさしいじゃないか。
駐車場に戻ると、隣の車のナンバー【777】
行方不明なたまたまは、どうやら幸先よさそうだ。