36,000ドルの投資(米国経済(ターミナル)修士課程のお話)

 2019年秋から2021年夏まで、UW-Madison経済学部の修士課程(≠一貫性博士課程の前期課程)で学んでいた。直近でこの経験を後輩に話す機会があり、それを経ての記憶整理という側面も兼ねての人生アーカイブ。

概要

 UW-Madisonの経済学部には、学部課程と(一貫性)博士課程とは別に、修士課程プログラムが存在する。

 ホームページ上の説明によれば、①PhDは必要ないが、キャリア形成のためにより進んだ経済学の訓練が必要な人、②経済PhDに進みたいが経済学をあまりやってこなかった人、③学部で経済をやっていたが就職やPhD進学のためには弱い人、に向いているプログラムだとされている。私はほぼ③(少しだけ①だったかも?)の立ち位置で、かなり向いている側の人間ではあったと思う。

 同学年の人間は約80人程度、ほとんどが中国から来ていた人間だったという印象。他は韓国・インド・台湾などから来た人間で、1人だけアメリカ出身だったと記憶している。日本人は私を含めて3人いた。目的は③を志向している人が多かった。

 なお、似たようなプログラムとして私が知っているのは、ニューヨーク大学、ペンシルバニア州立大学、イリノイ大学、イェール大学、ミシガン大学など。PhDへの準備としての側面は推していたりいなかったりで様々だが、ちょっと調べたところイリノイ大学は特に接続度合いが強く、認められれば直でPhDに接続できるらしい。


実際

 ここからは、UW-Madison経済学部の修士課程で私が経験したことを記述。

金・金・金

 学費はHPに明記されているが、明らかに他のGraduate programと比して高い。具体的には2,000ドル/単位で、各学期基本9単位取る必要があるので、年間18単位、合計36,000ドルが学費だけで必要となる。本当にボロい商売である。

 今の自分は博士課程に在籍できており、学費免除+Stipendでそれを上回る額をもらっていることになっているので、その意味では「修士で投資→博士で回収」という形にはできている。同じくUW-Madisonのターミナル修士課程から上がって来た同期とは「あれは必要な投資だったね!笑」みたいなことを言い合ったりするときもある。

修士課程のコースワーク

 修士課程での必修として、修士課程用のコースワークが存在する。具体的には経済数学(Econ700)、ミクロ経済(Econ701/708)、マクロ経済(Econ702)、計量経済(Econ704/705)で、これらは全て1年目の必修だった。

 難易度としては、本当に見事に学部レベルの授業と博士のコースワークとの中間くらいだったという印象。特にエコノメのコースワークの設計は個人的にとてもフィットする内容で、学部でエコノメをサボってきた自分には本当にありがたかった。

 ちなみに腐っても大学院レベルのコースワークなので、宿題はたくさん出るし、試験も簡単ではなかった。ただし、学部生時代に周りにいたような超天才の人間はいなかったと感じており、頑張れば良い成績は取りやすかった。

差別 or 区別?

 博士課程とは明確な待遇の差が存在した。数えるとキリがないが、

  • ターミナル修士課程の学生のためのオフィスがない(graduate rounge的な場所は一応使えるが、勉強に適した場所ではない)

  • セミナー等のイベントの情報のほとんどが共有されない

  • TAやRAの仕事は基本的に回ってこない

あたりが代表的なもの。もちろんある程度は予想していたが、ここまで露骨に差が付いていたことには博士課程に来てようやく気付いた。

 なお、修士・博士の区別なく一律に回ってくる情報として、定期試験の試験監督(proctor)の募集の連絡があった。これは修士課程の学生にもチャンスのある数少ない有償労働であったため、周りの学生は積極的に応募していた。

修論的なペーパーと「指導教官」

 UW-Madisonの修士課程にはもうひとつ、2年目の秋学期にEcon706という必修の授業があり、これが実質的な修士論文ということになっている。

 大まかな流れとしては、まず1年目と2年目の間の夏にPhDの院生がメンターとなって指導・助言してくれるゼミ的なものが開講され、ここでテーマ選定・データ収集等を行ってプロポーザルを作成。学期開始後は「指導教官」となり得る教授陣に相談等ができるフェーズがあり、ここでプロポーザルの内容を詰めた上で提出。この内容を元に「指導教官」が割り振られ、あとは学期末までにペーパーを書き上げるのみとなる。したがってプロジェクトの期間としては約半年で、そこまで深い内容はできないことが前提となっている。

 私のいた時期は、この教授陣のプールが3人(!)しかおらず、それぞれ労働・マクロ・IO(産業組織論)が専門だった。自分の興味及び修論のテーマがいわゆる古典的IOみたいなトピックだったので、学期開始後は当該IO教官に相談し、「指導教官」にも当該IO教官が割り振られた。この教官、近年は多忙でこの役割を引き受けていないらしく、私は幸運だったという他ない。

 ちなみに「指導教官」としているのは、基本的に修士課程の学生のためにそんなに多くの時間を使ってくれないからである(キャパシティを考えれば当然なのだが…)。私の「指導教官」は1回30分(ここは記憶が曖昧。15分だったかも?)の相談する枠をいくつかカレンダー上で作っていて、ペーパーについて相談等するためには早い者勝ちで枠をオンライン予約して相談!という形だった。平均週10スロットくらいは設けられていたと記憶しているが、これも曖昧。ちなみにコロナ全盛期だったので、ミーティングは当然オンライン。

 そんな訳で、人数に比して枠が少ないので相談枠はロクに取れないし(2〜3週間に1回がいいところ)、取れたとしても博士の指導学生とのミーティングなどで直前になって時間をずらされたり、時間が短縮されたりすることもしばしばだった。対策として、ミーティング前までに「コレを質問しよう」というのを突き詰め、それを簡潔にスライドにまとめて画面上で共有しながら話す、ということで何とか時間内にアドバイスをもらおうと必死になっていた。

 ただこの頑張りのおかげで、個人的にはかなり満足のいく内容のペーパーを書くことはできた。また、当該IO教官とは良好な関係を築くことができ(たと少なくとも私は思っており)、推薦状を書くことも快諾してもらったし、なんなら関心分野が近いのでこれからもお世話になる予定である。

他人に勧められるか?

 後輩から相談を受けたということもあり、この選択肢を人に勧められるのかどうかを改めて考えてみた。

PhDへの前段階として

 他のプログラムと比較していないので分からないが、個人的に「米国経済PhDに進むための前準備としては、Wisconsinの修士課程は大いにアリだったと思う」とは言える。具体的な利点としては、

  • 修士のコースワーク修了後にPhDのコースワークも取れるし、数学科開講の数学の講義とかも取れる(私はどちらも可能な限り取った)。この辺はPhD応募書類を書く際にアピールポイントになり得る

  • 修論的なペーパーがPhD出願の際のWriting sampleにできる。またアドバイザーの教官と繋がりができるので推薦状のお願いをしやすい

  • 英語圏のプログラムで学位を取得することで一部のプログラムでは英語の試験(TOEFL/IELTS)が免除される

などがある。PhDへの準備を推しているところであれば似たようなプログラムを提供しているのではないかと思うので、複数受かったのであれば立地や環境で決めていいと思う。


 一番のネックはカネだと思う。私は幸運にもそこについては解決することができたが、必要となる額が半端ではないことも事実なので、海外経済PhDに行きたい!と学部生の時点で迷いなく思っている人だったら、日本の大学の博士前期課程に進む、とかの方がリスクの少ない選択肢ではないかとも思っている。

 リスクという意味では、資金的余裕があって学費等を自分で賄える場合でも、それが確実に回収できるとは限らないので、奨学金等のリソースは積極的に活用すべきだと思う。ただリターンの期待値はかなり高いと思うので、経済をやりたい!という強い意志があるのならば、(そういったバックアップのプランを確立した上で)2年間(+α)を掛けて挑戦する価値はある、と人には伝えるだろう。

キャリアのステップとして

 レアケースとして、①金と時間がある、②「経済学をやりたい!」というそれなりの強度の意思がある、③海外で過ごしたい、の積集合に属する人間であれば勧められるが、そうでなければ他の選択肢もよく見つつもう一度考えるように伝えると思う。②については、もし単純に海外でキャリアに有利となる学位を取るのが目的ならビジネススクールとかに行ったほうがよいのではないか、と何となく思っている。

 ちなみに私が修士課程に在学していた時の日本人の同学年に、このレアケース人間がいた。その人は国内有数の大学の経済学部を卒業し、数年間日本で働いた後に仕事を辞め、経済PhD進学も視野に入れて来ていたようであった。最後まで進路には迷っていたが、最終的には日本にオフィスのあるコンサル会社に就職(転職?)した。経済PhDも今後タイミングがあれば挑戦したいと言っていた気がするが、その後の消息は連絡をとっていないので不明。

おわりに

 アメリカでの経済修士課程は、個人的にはとても意味のある経験だったと確信を持って言える。が、身も蓋もないが、どの程度フィットするかは結局のところその人の現在地や目標によるところが大きい、ということになるだろう。

 唯一痛かった点は、修論を書いているときに脳の容量が圧迫されすぎて、2020年の11月頃、操作ミスでLINEのアカウントを完全消去してしまったこと。周りとの関係性をリセットしたいとかいう意図があった訳では一切なく、本当に意味が全く分からないミスであり、結果として2019年の夏以前のLINEの連絡先やトークは全て消去され、まだ完全には復元できていないという始末。もし億が一、当時私とLINEで繋がっていて…みたいな人がいれば連絡くださると泣いて喜びます。


 夏ももうすぐ終わりそうなところ、もう1本くらい夏の間に人生アーカイブを投稿したいと思っております。それではまた。


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