【事例報告】衣服の「組み合わせ」と「着る曜日」のこだわりが強い方へのアプローチ
はじめに
新しい就労継続支援B型事業所の立ち上げに向けた情報発信を主目的としているこのnoteですが、並行して、過去に私自身が携わった事例の紹介もしていきたいと思っています。
発達障がいの方が抱える困り感や生きづらさは、千差万別。Aさんに有効だったやり方を、そのまんまBさんにも転用出来る事などほぼ無い。けれども、「似たケース」や「アレンジで活かせるケース」ならば実は結構あったりする。ここで紹介した内容が、どこかで誰かの生活の質を上げるヒントになりますように。そしてまた、難しいケースに直面した未来の自分の、事態を打開するためのヒントになりますように。
衣服の組み合わせと、それを着用する曜日に、強烈なこだわりを持つAさん
【年齢】30代
【性別】男性
【障がいの程度】最重度の知的障がいを伴う発達障がい
【生活場所】月曜夕〜金曜朝:グループホーム(以下「GH」)
週末:実家
【格・特性など】
・ひらがなを読むことは可能(書く事は難しい)
・2語文程度の会話は可能(例「車、乗る!」等)
・言葉での意志の表出は苦手(例:スケジュールで示された時間に「ご飯!」と言う事は出来るが、「お腹が空いたからご飯を食べたい」等の意思の表出は困難)
・日間スケジュール(日中通所先から帰宅した夕方以降から、翌朝の通所先への出発前までの予定を示したもの)と月間スケジュール(帰宅日の予定が記されたカレンダー)の2種類を使用
・変化が苦手。“物の置き位置”“食事で箸を伸ばす順番”“作業の段取り”等、いつ何時も同じにしておきたい(変化が起こると混乱し、強引にでも元の状態に戻そうとする)
・実家が(そしてお母さんと過ごす時間が)何よりも大好き
・納得がいかない事や予期しない事に直面すると、自傷行為に至る(自身の頭を激しく叩く/指先を激しく噛む)。衝動性がごく高いため、自傷行為に至るまでのインターバルが短い
・自身の期待する答えが得られるまで、同じ質問や確認を繰り返す(何時間でも、何日でも)
課題の概要
月曜日に実家から来てきた服(ジーパン、トレーナー、ランニングシャツ、下着、靴下、ベルト)を、金曜の朝に着て実家に帰りたいという意識が強い。月曜日の夕方、GHに到着した瞬間に「お洋服は!」「金曜日!」という確認が繰り返され、平日の間じゅう同様の確認が散見される。
月曜に着ていた服は、「月曜の夜に洗濯→水曜日に着用して洗濯→金曜朝に着用」というサイクルが固定化している。
月曜日に着てきた服が、乾いていない等の理由で万が一金曜朝に来て帰れないとなると、激しい自傷行為を伴うパニックを起こす。最終的には、濡れたままの服に袖を通して通所先へと出発してしまう。
服の新調も難しい。全ての衣類について、傷んだり汚れたりしても処分する事が出来ず、袖周りや襟首などがほつれた服や色味が変わってしまった服などをつぎ当てしながら着まわしている。
評価と考察
結論から言うと、私たち支援チームは
▶︎大好きな自宅にちゃんと帰れるんだという確証を持てていない
▶︎モノの“置き場所”を統一しておきたい
という2点が衣類への過度な固執の理由であると、結論付けました。ただ、最初からそれが分かった訳では当然ない。理由と原因によってアプローチの手段は変わるので、「発達障がい特有のこだわり行動ね」だけで片づけてセオリー通りの配慮で済ませる事は、できればしたくない。大切なのは「なぜ、そのこだわり行動が発現するに至ったのか?」という事。そこで私は、Aさんの生活を細かく観察する事にしました。そこで見えてきたのは以下の通り。
①木曜夜になると、洗濯干し場に頻繁に出入りして洗濯物の乾き具合をチェックする事が増える
→「その服を気に入っている」のではなく、「“金曜日に”その服が着られるかどうかが気になっている」可能性
②祝日がある週に、帰宅日の確認が増える
→「金曜日に、自分は本当に実家帰宅が出来るのか?(=帰宅日がずれ込むのでは?)」という不安を感じている可能性
③保護者都合等の理由で月間予定表に修正が生じた週以降に、衣服への固執意識が強まる
→予定表を信用出来ていない(後から変わる可能性を常に抱いている)可能性
④ペンの置き場所(デスクの右端に、机側面に並行になるように置く)、食事の並び(ご飯茶碗が左、汁椀が右、おかず皿はご飯茶碗と汁椀の中間やや奥側、デザート皿はおかず皿の右斜め奥)、脱いだスリッパの置き方(自身の側にかかとが来て、つま先側は1cm程度隙間を空ける)等々、物の置き場所や置き方をきっちり決めておきたい意識が強い
→衣類についても、同じ服が「今週は自宅にある、次の週はGHにある」のような事が好きじゃない可能性
⑤筆記具などの消耗品類は、買い替え直後には拒否感を見せるが、早い段階(使用開始数回程度)でその拒否感はなくなる事が殆ど
→「モノが変わる事で、これまでのルーティンが崩れてしまうのでは?」という不安を抱いている可能性。もしくは、「同じ商品を新しいものに交換するだけなんだから、ルーティンは崩れないだろう」という予測が立っていない可能性(実際に使いはじめて使用感に変化がない事を体感出来れば、受け入れられる可能性)
⑥食事の際、いつも使っている皿と異なる皿に盛り付けると、いつもの皿に盛り直すよう強く訴える。また、通常はワンプレートで盛り付けているおかずを“小鉢で2皿”のように変えて提供すると、1皿に盛り直すよう訴える
→「食事のセット(構成)はこう」「衣類のセット(組み合わせ)はこう」のように、日々繰り返すものは“セット内容”が固着化しやすい可能性
上記から推察出来た事は、
金曜には必ず実家に帰りたい
↓
金曜に実家に帰るためには月曜に着てきた服が絶対に必要
↓
金曜日にそれを着るために、曜日ごとの服を全て固定したい
といったロジックが、Aさんの中で確立しているのではないか?という点。また、日々繰り返される事柄について、繰り返すうちに固着化が進み(支援者から見ると)些細な変化にも拒否的になるのではないかという推測も出来ました。更には、「後から変更されるスケジュールは、そりゃ信用出来ないよね」という事に気付く事も出来ました。
目標設定
上記の評価と考察を踏まえて設定した目標は、以下の通り。
(1)短期目標:衣服以外で、週の流れ(=金曜日になったら実家に帰る)を理解出来る予定の示し方を考案する(衣類を予定確認の手助けにしなくて良い環境にする)
(2)中期目標:傷んだ衣類の処分(新調)が出来るようになり、また組み合わせを意識せずに「その時あるもの」をランダムに着られるようにする
(3)長期目標:月曜日に着てきたものに拘らず、「金曜日の朝に着られる状態の服」を着て帰れるようにする
実践
(1)の短期目標については、これまで使用していた“月間”スケジュールの使用をやめ、“週間”スケジュールへと変更しました。予定とは、先のものになればなる程なかなか読めないものなので、月単位での情報提供は変更のリスクが高まります。1週間単位であれば余程の事が無ければ予定は変更しなくて済むので、情報を絞って確実性を高める(変更が生じにくくする)事で目標達成を目指しました。実行前は「情報を絞る事で、見通しが立たなくなり混乱が生じるのでは」という懸念がありましたが、結果的には特に拒否もなく応じていただけました(ちなみに、上手くいかなかった場合の“プランB”として「保護者の方と電話をする機会を作り、最も信頼する相手から直接予定を聞く事で安心を得る」という方法も考えていました)。
(2)の中期目標についてです。これは、下図①のような装置を作る事でまずは「組み合わせに縛りを作らず衣類を選べる」事の実現を目指しました。全ての衣類の写真を撮り、それを図②のようなカードケースに入れた物を用意しました。写真の枚数は“Tシャツは6枚”“ズボンは4枚”“下着は5枚”のようにする事で、固着化するのを防ぐ事が目的です(ちなみにこの時点では、金曜に着る服だけは必ず月曜に着ていた服になるようにこっそり調整をしています。最初から金曜の衣類にまで変更を加えると、変化の多さにAさんの混乱や拒否感が強まる懸念があったためです)。
着替えの際の具体的な手順は…
①着替えの時間になったら、写真(赤部分)の衣類をタンスから取り出す
②着替える
③赤部分の写真を取り出す(その上にあった写真が落ちてくる)
④抜き出した写真を、青部分の挿入口から差し込む
(結果、写真カードが内部で循環する)
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予測はしていましたが、Aさんにすんなりと「はい了解です」とは思ってもらえませんでした。そのため一旦、
▶︎衣類選択マシーン”内の写真が全て見えるようにカバーを外す
(衣類が循環する流れを視覚的に見えるようにする)
▶︎Aさんの怒涛の確認攻勢には、全て真摯に受け答えをする
という軌道修正をして理解を促しました。最初の数週間は案の定、天文学的な回数の確認がAさんよりありましたが、やがてそれは徐々に減りはじめ、衣類循環の理解が得られたと思ったタイミングで“マシーン”のカバーを再度取り付けた事で定着が完了しました(全ての写真が見える状態のままでは、将来的に必要のない固執意識を誘発する可能性が高いため、カバーは必須だったのです)。
写真を硬質カードケースに入れるスタイルにした理由は、衣類の買い替えを見据えての事でした。衣類を買い替える際、“処分する服の写真カードを抜き出して破いて捨て、新しい服の写真を差し込む”という作業をAさんに見てもらう事で、服が入れ替わるという事を視覚的に理解してもらう事を狙いました。それ以前には現物をゴミ箱に入れる所を見てもらう事で処分の理解を促す試みをした事があったのですが、現物ではすぐにゴミ箱からそれを取り出してタンスにしまうという結果にしかならなかったため、「間接的に」「でも直感的に」買い替えを理解してもらうため、このような手段を採った訳です。これに関しては、スムーズに受け入れてもらう事が出来ました(もちろんこちらも、“プランB”は用意済みでした)。
(3)の長期目標について。上述の通り、中期目標の段階では私の方で(Aさんには気付かれないように)「木曜まではランダムな衣類が表示されるけど、金曜日は必ず“月曜に着てきた服”が表示される」ように順番を調整し、「衣服をランダムに選ぶスタイルに慣れてほしい」という支援者側の期待と「金曜日には必ず決まった服を着て帰りたい」というAさんの意向の中間点を取る形からスタートする事で、中期目標を達成しました。
最終段階たる長期目標の達成支援の際には、中期目標のところで導入した“衣類の買い替え”のシステムを活用しました。まず、Aさんが月曜に自宅から着てきた服を、月曜夜のうちに買い替えシステムに則って新しい服と交換したのです。そして、そのタイミングで、その新しい服が金曜日に出てこないようなローテーションに組み替えました。これをしなければ、きっとAさんは新しい服を「今度からは、これを金曜に着て帰って月曜に来て戻ってくる服」に位置付けた事と思います。新しい服に差し替えた上でローテーションをランダムにする事で、「特定の衣服への過度な意識を軽減した上で、新たなシステムに馴染んでもらう」という流れを目指しました。結果は、驚くほどスムーズに事が運び…勿論数回の確認はあったものの混乱やパニックに至る事は無く、ごく穏やかに「曜日に関係なく、“マシーン”で示された服を着る」という事が達成されたのです。
その後
現在のAさんは、衣類への極端なこだわりはなく日常生活を送っています。ご両親の高齢化に伴い、残念ながら自宅帰宅の機会自体がなくなってしまいましたが、衣類に関する過度な固執意識を解消出来た事自体は有効だったと自負しています。
「Aさんが着たい服を着られるようにする事が、自己実現のためにするべき支援なんじゃないのか?」「目標を達成したとて、それは支援者のエゴでしかないんじゃないのか?」と思われる方も、きっとおられると思います。そういったご意見について、直ちに反論するつもりはありません。そう思う人もいる。そう思わない人もいる。これは、このケースに限らず、どんな場面でも生じる葛藤です。このような葛藤に対する私なりの考え方については、いずれ別の機会に記事にしようと思います。
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