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【日報】day25 しょうがないものはどうにもならない
今日は朝からzoomの就活コミュニティの説明会に参加して、サークルの友だちとごはんを食べて、原宿の人混みに酔って、帰宅した。
靴というものは、意外と重要なもので、久しぶりに履いた靴が痛すぎて、具合が悪くなった。安さももちろん大事だが、履き心地が大事ということを身にしみて感じた一日であった。
私は歩き方が変なのか歩く量が多いのかわからないが、靴が長持ちした試しがない。去年の夏は、サンダルを6足同じ壊し方で履きつぶしてしまった。
靴も経費に落としたいところである。
あと、今日説明会を受けて思ったことは、やはり全ては量ということだ。
結局の所、有料であったため、私は入らないが、どれくらいの量をやればいいかという基準を知ることはできた。
金欠大学生は無料サービスを使い倒して独学で頑張ろうと思う。
お金があれば、できることは広がるが、大学生はやはり皆お金がない。
しかし、これは悪い面だけではない。
特に、思うことは、幼少期から電波難民だったことだ。
これは別にまた1記事書きたいといつも考えていて、まだ書ききれていないのだが、私の家庭には、wi-fiがなかった。
wi-fiがなかったことで、やりたいゲームはできなかったし、インスタのストーリーボタンは通信制限が怖くて2年間押すことができなかったし、SNSに関わる周りの話についていけなくて何を言っているのか、何で盛り上がっているのかわからなくて、泣くほど悲しかったこともあった。
だけどその分、情報を集められるだけ自分であらゆる所から集める姿勢が身に付いたし、札幌のフリーwifiの位置を全て把握するくらいの電波や情報に対する感度を高めることができた。
wi-fiがなかったことが、かなり今の自分に影響を与えていると感じている。
ここで思ったこととしては、世の中、平等ということはどうやっても無理だ。
だから、自分の今ある環境の中で、いかに諦めずに、他にできることはないかの可能性を全部試してやってみることだと思う。
話は戻って、まとめると、できることから、全体像は見つつ、自分に今できることから、今できる全部を出し切ってがんばろうと思った4月の初日であった。
(続)