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断る。
断る。こんな酷なことはない。
断られる。よりもはるかに酷だ。
といいつつも「断る」ことを避けて生きることは不可能だ。嫌いな人がいる飲み会は参加しないほうがいい。苦手な場所には行かなければいい。私自身そうやって生きている。今は、LINEやDMでやんわりなんとでも言って、断ることができてしまう。便利な時代だし、生きやすい。いいこといいこと。
俺が誰かを飲みに誘うときも、休日過ごそうって提案するのもLINEじゃん。それでいいじゃん。で、そっちが断るときもLINEだし。じゃあお互い様だよな。いい時代だ。うんうん。
うんうん。
とはいえ、大事な想いを伝えるときはそうはいかない。直接顔を合わせることが当たり前とされている。面接でもそう、告白でもそう、大きな感謝もそう、そして大きな別れもそう。
だがしかし、「断る」ときは直接顔を合わせないことも多い。わざわざ新幹線で東京まで向かって面接したのに、メールで入社を断られたこともあったし、好きだった子に直接告白して、1週間後に電話でフラれたこともあるし。
ただ、私自身は、大事な場面で断ると決めた際、直接告げなければならないことが多かった。偶然そうなる場合も多いけど、必然的なものがほとんど。自分はそういう場面でも、面と向かって突き合わせたい。
断った直後のあの表情はかなり応える。自分も痛い。けど相手の痛さはその何倍もあるんだろう。そこから目を背けるのは失礼だ。傷つけまいと思って言葉を繕うこともあるけど、それが返って深いところまで刺していることもある。実体験だからわかる。けど誤解を与えたくもない。難しいなんて言葉じゃ表せない。
断る。こんな酷なことはない。
それは相手にとってじゃない。自分にとっても。
この感情は誰にも理解されないと思う。されたくもないし。
あのとき、断る決断をしたくせに、その決断を後悔する瞬間が訪れるんだから。悩みに悩みぬいたはずなのに。まったくもう。これだから人生は辛い。ね、笑っちゃうよ。笑っておくれよ。
どうやって生きたらいいんだろう。もう何もわかんないや。好きな人に好きって言われてなんで断らなくちゃいけないんだよ。誰のためだ。俺のためか。そいつのためか。わかんないよ。ふざけんなよ。時間が足りない。もう嫌だ。何も手につかない。全部自分のせいだ。自分のせいだ。自分がしたその決断は正しいのか。いつわかるんだよ。言葉を適当に取り繕うなよ。今じゃないなら、もうそのときは来ないのか。幸せな結末はどこなんだ。そんなのわかんないよ。