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菅原真弓『月岡芳年伝 幕末明治のはざまに』:稀代の絵師は限られた事物で鑑賞者の視線を奪う

月岡芳年(1839~1892)は江戸から明治に変わる時期に印象的な絵を多く残した絵師です。2012年に太田記念美術館で開催された「没後120年記念 月岡芳年」展で、僕は初めて芳年の作品を鑑賞しました。寂寥感が漂いつつも美しい筆致の「幽霊之図 うぶめ」を前にして、その場から動けなかったことを覚えています。

時が経ち、黒い闇のなかに滴る赤い血の表紙に惹かれ、一冊の本を手に取りました。菅原真弓(現大阪公立大学教授)が著した『月岡芳年伝 幕末明治のはざまに』です。作品はもちろんのこと、新聞などの資料を集めて芳年という絵師を読み解いています。激動の時代に芳年が残した絵の傾向や、描くことに対する彼の姿勢の変遷を記した書籍です。

本書を通して学ぶことは実に多く、いかに自分が芳年について無知だったかを思い知りました。けれども裏を返せば、己の世界が大きく拡がる機会を得たといえます。ページを繰るなかで興味を持ったのは、例えば、表紙に使われた「英名二十八衆句 稲田九蔵新助」をはじめとした血みどろ絵。目を背けたくなる凄惨な場面を描いた絵ですが、それでも目を離せない強烈な吸引力があるのも確かです。

そして、僕の好きな芳年作品リストに加わったのが、傑作と名高い「藤原保昌月下弄笛図」です。冒頭のカラーページに掲載され、本文でも言及しています。すすきがなびき、くすんだ色の月が浮かぶ夜道、悠然と笛を吹く藤原保昌、切りかかろうとするも刀を抜けない盗賊。保昌の身体が描く直線が美しく、少し離れた盗賊との間で三角形を描きます。

142.3×78.5cmという大きな縦長の掛軸を、約六分の一サイズの横長画面の錦絵へと変化させたこの作品は、肉筆画の持っていたニュアンスを生かしつつ、錦絵独特の表現手法によって見事に転生している。遥かに見渡す薄野は、ぼかしを多用した墨の諧調のみで表現され、静謐感を漂わせている。薄と満月のみが描かれた背景描写は、多分に説明的な事物をもって背景を埋め尽くす観のある従来の浮世絵版画とは一線を画した表現であると指摘でき、この時期以降顕著に見られる芳年画の特質である。また衣装に施された打ち込みのきつい描線は、「紙ヲ以テ織ガ如ク」と称されたいわゆる「芳年風」である。さらに保昌の頭部と左足を結ぶ直線と保輔の左足先とでほぼ直角三角形の形を成しており、この幾何学的構図も、明治14年制作の「義経記 五條橋之図」(大判錦絵三枚続)などと共に、この時期の芳年画の一傾向であると言える。

菅原真弓『月岡芳年伝 幕末明治のはざまに』P. 82(中央公論美術出版, 2018年)

著者は薄について「ぼかしを多用した墨の諧調のみで表現され、静謐感を漂わせている」と述べ、薄と満月による背景描写を「多分に説明的な事物をもって背景を埋め尽くす観のある従来の浮世絵版画とは一線を画した表現である」と評しました。僕らの眼前に広がる朧な夜の世界。人物に対する背景の役割に留まらず、絵を支配する存在といえるのかもしれません。

加えて印象的なのが、保昌がまとう衣装の色です。薄い茶色と透き通った薄青は、背景の朧な夜の色や盗賊の濃い青に引き立てられ、画面の中心で鑑賞者の視線を奪います。血みどろ絵や役者の衣装に塗られた赤とは異なるインパクトを与え、鮮烈な印象を残す色。画面内の情報は絞られ、ミニマルといってもいいのに対し、背景や人物の描き方、構図、色の使い方など、浮かび上がる表現は驚くほど深いのではないでしょうか。


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