渾身の寝巻きなんだけど
よく分からない夢を見ていた。恐ろしい夢だったということは分かるのだけど、それ以外はあまり覚えていない。目が覚めた時には少し泣いていて、呼吸が荒く、背中にはびっしょりと汗をかいていた。最近こういうことばかりだな。すっかり目が覚めてしまって眠れない。
んー、生まれた時から一つの建物の中でしか生きたことのない私、の夢だったような気がする。産声を上げた瞬間から女と男は違う建物に分かれて暮らしていて、唯一女と男が会えるのは建物の真ん中にあるエレベーターの中だけ。そのエレベーターの中でお互いが「野人」になれたら2人で外の世界に出ることができる、という夢だった。きっとあれは「野人」だったと思うのだけど、あまり定かではない。「野人」は先週読んだ小説に出てきた、人生に負けた人間の最終形態のようなもの。人間からヒトになって服も着ずに山で暮らし、次第に人間の言葉も記憶も忘れてしまう。確か鳴き声は「ポウ」だったかな。私はいつも登場人物の顔を想像しながら本を読むから、それが夢に出てきたのだろう。あまりにもリアルすぎてすこし気分が悪い。吐き気がするよなんだこれ。一回お茶飲むか。そうでもしないと眠れない。
この国に住んで3ヶ月が経った。最近ようやく我が物顔で横断歩道のない道路を横断できるようになってきた。ここでは予期せぬ場所から予期せぬスピードで車やバイクが飛び出してくる為、それを避けるために、生きるための動体視力が鍛えられたのだ。マレーシアやインドネシアでバドミントンが盛んなのは、この、生きるための動体視力の英才教育が関係しているのではないかと思う。どなたか是非とも調査をして欲しい。どうしよう。この仮説の行き先が気になってしまって眠れない。
「そうかそうか、つまり君はそんな奴だったんだな。」わ〜、出たなエーミール!!中学の国語の授業で初めて出会った時から、こいつはしつこく私の中に住み着いているんだ。エーミールの冷淡さは考えただけで私を突き刺すような鋭さを持っている。痛い。あらすじを思い出そうとするだけで、自分のことが大嫌いになるぐらいこの小説が好きだ。もうすっかり取り憑かれているよ。でもこのままだと、私がエーミールに住処を奪われてしまいそうだ。逃げきらないと無事には眠れない。
科学系の学部の棟に本物のお化けが出るという話をしている時に「科学とお化けって何の関係があるの?」って言っていたあの子、本当によかった。理科室のガイコツや人体模型、学校の七不思議などに一切触れずに育ってきたのだろうか。それは非常によろしいな。私、こういう記憶だけで一週間生きていけるんだよ。ありがとう。この思い出は眠れそうだ。
最近Twitterで、性被害に遭ったら警察に行けばいいだけだ、というような投稿を沢山みる。心底うんざりする。私は警察に行っても何も取り合ってもらえなかったよ。証拠がないとね、って言われたよ。この国でも、あなた何してるの?自分で気をつけなさいよって言われただけだったよ。私は女じゃなくて、男でもなくて、コジコジみたいな、唯一無二の妖精になりたいのにな。私のことを勝手に女って決めて触らないで!付けてこないで!私のこと何も知らないくせに!もうあなたなんか私のこと何も知らなくていいから!ふう、こんなこと大声で言えたらいいのにな。また頭の奥が痛くなってきた。このままじゃあ眠れない。
あの日、君がお酒を飲みすぎたあの日の朝に2人で手をグーパーグーパーして「ちゃんと生きてるよね」って確認しあったこと、今でも覚えているよ。その後に君が教えてくれた小さな秘密もちゃんと、心にしまっているよ。ありがとうね。なのになんで今隣にいないの?地球は広いね、のリアリティが過ぎるんじゃないの?広いよ広過ぎるよ。会いたいな眠れない。
私は100かマイナス100のことしか出来ないんだ。大きく太い指だから針の穴に糸は通せないし、象のような足だから小さなものや薄いものは踏み潰すか蹴っ飛ばしてしまう。全部台無しにしちゃうんだ。そして頭も鈍いから時計が読めないときもあるし、ひらがなが分からない時もある。みんなよりも出来ないことが多くて、やっぱりそれが、こんな眠れない日にはドバッと流れてきてしまう。全てを脱いで何処かで、誰にも引っ張られずに突かれずにただ浮いていたいけれど、そんなことは簡単にできないということも分かっている。あれ、おかしいな。あのダムにまだまだ溜めておけるはずだったんだけど、今回は案外流れてくるのが早いな。
なんだ、他人事じゃん。
他人事?
よし、今だ!眠れそう!飛び込め!全部この世界のことも、みんなのことも、私のことも、知らないふりして眠る!眠れ!もういいよ私は他人だから好きにしな。どうなってもいいから好きにしなね。寝るからね私。おやすみね。