複合汚染 有吉佐和子(8/20)
環境問題を取り扱った本として、有名な小説。
”農業”を語る上で読んで良かったし、他の人にもぜひ読んで欲しい作品。
有吉佐和子さんの作品は始めて読んだが、ストーリーが想像しやすくて話がすごく入りやすかった。小説を通して、社会問題を伝えるというのはとてもいいと感じた。
そもそも、題名にもなっている”複合汚染”とは何か?
複合汚染というのは、二つ以上の毒性物質の相加作用および相乗作用のことである。
文明人の僕らはいろんな化学物質に囲まれて生きている。その一つ一つを見ると、ごく微量で決して危ないものではないかもしれない。しかし、少ない量だとしても、それらが足し合わされたり、掛け合せれたりして長期間の間、体に蓄積されたらどうなるのだろうか?
それが複合汚染の怖さである。
水銀
カドミウム
鉛
DDT
PCB
以上の5つは国際科学連合環境問題委員会が全世界に呼びかけて調査した5つの汚染毒物である。このうち、水銀の水俣病、カドミウムのイタイイタイ病、PCBのカネミ油事件、以上の3つが日本ではたりような人命を損なう公害事件を起こしている。
そして、これらの全部は日本人の主食のコメに全て入っているという。
稲作地帯を貫いて国道が通り、トラックが走っている。自動車の排気ガスには鉛も含まれているし、大気にはPCBが飛び散っている。DDTは野菜畑と果樹園でもっぱら使用されていたが、稲作にも用いられたことがあるからである。
これは昭和50年に書かれた本だし、当時、かなりの影響を日本に与えた。
だから、今は大丈夫だと思う。そう思いたい。
さらに、自分が将来、農業で変えたいことが書かれていた。
工業立国が叫ばれ、まず農村からは大量の人口が工場へ送り込まれた。まるで徴兵制度のある時代に働き手が国策に従って招集されてしまったように。農村は最初、工業によって人手を失い、次に工業製品である化学肥料と農薬によって大事な「土」を骨と皮にされてしまった。公害と呼ばれるものの元凶は、常に工業であることを考えてみたい。
さらに農業は、商業によって滅茶滅茶に食い荒らされた。
(中略)
昭和48年8月に、農林省食品流通野菜振興課が設定した「野菜標準規格」の第1ページにこう書いていある。
「野菜は近年商品としての標準化も進みつつあり、生産者団体、地方公共団体によって標準規格を設定しているところが多くなっている。」
つまり、野菜に規格が設けられ、綺麗な野菜しかスーパーなどに流通しなくなった。農家は野菜を整えたり、色付けを綺麗にするために、様々な化学薬品を使うようになった。
これは本当に余計な努力だと思う。
形を整えるのに、どれだけ無駄な時間が使われていることか。。
消費者の意識が変わらないことには何も始まらないが。。
とにかく、ここを変えたい。
この仕組みを変えることで、どれだけ農家や消費者にプラスに働くか。
これは昭和50年に疑問を投げかけらえているのに、一向に変わっていない。
もしかしたら、ここに書かれていた複合汚染の被害なども変わっていないのでは?
そしたら、相当まずいことになってくる。
僕の学科でも、”天然は必ずしも安全ではない。”と教えられた。
そうだけど、だからと言って万能ではない化学を100%信じることにも繋がらないだろう。
自分は、農業を担う立場として、ただ単に”お金”を見るのでなく、人々の肉体的・精神的な部分に寄り添ったことをしたい。
自分たちに恩恵を与えていくれている自然に感謝しながら、決して人間が自然をコントールするという傲慢な態度はしたくない。
この本を読んで、自分の周りに既に起きていることの怖さ
そして、この本を読んだか自分だからこそ、できることがたくさんあるなと感じた。
やる!