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ハンナ・アーレント『パーリアとしてのユダヤ人』より「チャーリー・チャップリン」

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今回はハンナ・アーレント『パーリアとしてのユダヤ人』の中で言及されているチャーリー・チャップリンについての個人的な考えをお話ししたいと思います。記事中には私個人の偏見や認識の誤りも含まれていると思います。その点のご理解のほど、よろしくお願いいたします。

学問・思想・宗教などについて触れていても、私自身がそれらを正しいと考えているわけではありません。

序文

以前にも一度チャップリンについての記事を挙げましたが、今回は以前から何度か取り上げたいと言っていたハンナ・アーレントのチャップリン論という側面から論じたいと思います。

パーリアとしてのユダヤ人

以下にユダヤ民族のひとつのあり方を示すパーリアについての四つの主要な考えを取り上げてみたい。それは、ハイネの「不運な者」と「夢の世界の主」、ベルナール・ラザールの「意識的パーリア」、チャーリー・チャップリンによる疑わしい者のグロテスクな表現、それにフランツ・カフカの善良以外の何ものでもない人間の運命についての詩人的な見方の四つである。これらの間には、真の思想や根本的な概念が歴史の光を浴びてはじめて己のものとするようなある重要な結びつきが潜んでいるように思われる。

ドイツの作家・詩人のハインリヒ・ハイネ
フランスのユダヤ人批評家ベルナール・ラザール
イギリス生まれの映画俳優・監督・脚本家のチャーリー・チャップリン
チェコ出身のドイツの作家フランツ・カフカ

ハンナ・アーレントのいう「パーリア」とは日本語でいうところの不可触賤民のことで、国際社会から疎外された国家を示すパーリア国家やパーリア資本主義という言葉もあります。タミール語から英語になった言葉で、元はカースト制度の下で太鼓を叩くことを生業としている下位階級のことをいいます。

ハンナ・アーレントはこの「意識的パーリア」をユダヤ人少数派の誇るべき伝統であり、ユダヤ人のあらゆる欠点として、儲け主義や成り上がり者の特徴を挙げています。

チャップリンについては次のような注釈がついています。

最近チャップリンは、自分はアイルランド系でジプシーの出だと公言したが、本論で彼を取り上げたのは、たとえ彼自身はユダヤ人でないにしろ、ユダヤ人のパーリア意識から生じる性格を芸術的な形で具現しているからである。

この章が1944年に書かれているので、1919年にチャップリンによって設立されたユナイテッド・アーティスツの『独裁者』(1940)までが作成されていることになります。1940年代以降、チャップリンは共産主義者であると非難され、実際に1952年の映画『ライムライト』のプレミアに出席するためにイギリスに向かう途中に、アメリカはチャップリンの再入国許可を取り消しています

1940年には共産主義者そしてユダヤ人の嫌疑かけられていたと思われることから、実際にチャップリンがユダヤ人だったのか、共産主義者だったのかということについて決定的な判断は下せないところはあります。

イギリス外務省は2003年に、ジョージ・オーウェルがチャップリンを秘密の共産主義者であり、ソ連の友人であると密かに非難していたことを明らかにしています。

『独裁者』は公開前のプライベート上映でチャーチルとフランクリン・ルーズヴェルトから好評を得ており、1941年の就任式で映画の最後のスピーチをラジオで読むことを薦めています。ニューヨークタイムズは「今年の最も待望の映画」などと膨大な宣伝を行っていたことなどを考慮しても、『独裁者』がルーズヴェルト政権(ニューディーラー)のプロパガンダであった可能性も当然否定できないでしょう。

政治に対する完全な無理解と、近代的な状況をことごとく無視した民族的な一体性と団結の強さが、ユダヤ民族全体を宿命的な結果へと導いたわけだが、他方でそれは驚くほどすばらしい、近代に類まれな業績を生み出した。チャーリー・チャップリンの映画がそれである。その映画の中で世界の中でもっとも人気のない民族が、当代もっとも人気のある人物を生み出した。その人物のもつ民衆性は大昔さかんだった道化芝居を当世風に仕立て直した点にもとづくのではなく、それよりもむしろ階級闘争と利害闘争の世紀以降はもう死に絶えたと思われていたある特性を蘇らせたところにある。ユダヤ出自の平凡な男のもつ、人をクギ付けにするような魅力がそれである。

この文章ではアーレントはチャップリンを完全にユダヤ人であるとして扱っています。これは本文を書いた後に、チャップリンの出自の告白があったため、注釈がつけられたということなのかどうかは私には分かりませんが、注釈と興味深い逆転が見られます。

チャップリンという世界中からうさん臭い目で見られているこの平凡で、想像力に富み、見捨てられているユダヤ人の中に、世界中の平凡な人間は己のイメージを見てとったのだった。

アーレントのこの指摘は実際にそうなのでしょう。初期にみられるチャップリンのドタバタ喜劇を端的に表現していると思います。しかし、次第に、というよりは1940年代にはいるとそこに政治色が強くみられるようになってきます。

人々は笑いのうちに気晴らしを求めることをやめ、平凡な人間は「大人物」に変身しようと決心していたのだった。

チャップリンではなく超人(スーパーマン)が今や民衆の寵児となった。チャップリンが『独裁者』の中で超人という巨大な野獣のごときものを演じようとしたとき、つまり二役を演じて平凡な男を大人物と対決させ、最後に仮面を脱ぎ捨てて平凡な男から本当のチャップリンがぬけだし、平凡な人間の素朴な知恵を必死になって世間の人々に語りかけてそれを再び擁護しようとしたとき、かつては世界中の寵児であった彼もほとんど理解されなくなってしまった。

ハンナ・アーレントがいうように『独裁者』の演説が平凡な人間の素朴な知恵だったのか、あるいは平凡なアメリカ人を戦争という非日常へと導くための巧みな戦争プロパガンダだったのかはともかく、その後、例えば1943年にアメリカのウォルト・ディズニーは『死の教育』によって対ナチスドイツ用の戦争プロパガンダを作っており、また、ハリウッドの映画会社の創業者のほとんどすべてがユダヤ人であったこと、ユナイテッド・アーティスツの元社長ジョセフ・シェンクがユダヤ人であったこと、ユナイテッド・アーティスツの主要株主の多くがユダヤ人であったことなどを鑑みると、言い換えると、ハンナ・アーレントが軽蔑的に論じた成り上がりもののユダヤ人たちが背後にいたことを鑑みると、簡単に結論を出すことは難しいものがありますが、いずれにせよ、現実はそれほど単純なものではないということくらいは認識しておくべきであるようには思います。

映画がクリエイターの純粋無垢な想いで作られていると考えている人は日本のみならず世界中にいるわけですが、それがどんなに理想的な言葉や映像で並びたてられていたとしても、それ自体が、悪意ある意図的なプロパガンダではないという根拠はどこにもありません。3S政策という言葉をよく理解されている人でも、映像を用いることで簡単に操作することができるということを理解する必要があると思います。

感想

以前に林千勝氏がチャンネル桜にて、「国際販売大キャンペーンを大群衆のいるところに出て行って演説をした横にいたのはフランクリン・ルーズヴェルトであった」としています。「ドイツ軍はそこまで来ている。我々はそれを阻止しなければならない。」と演説したとしています。ソースがどこにあるのかは知りませんが、検証する必要がある情報であると思います。

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最後に

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