革命派と反革命派
この記事の内容は、様々な資料をもとに書かれています。
内容の中には一部ないしは全体を通して、資料に基づく偏見や誤りがある可能性があります。また、筆者自身による偏見や誤りがある可能性も当然否定できません。
できる限り公平かつ事実に基づいて記事を書きたいと考えていますが、この点を踏まえていただけましたら幸いです。
今回のテーマはフランス革命批判です。この記事は2021年03月08日(月)に書いたものの転載です。
はじめに
日本の教育はフランス人権宣言の思想を継承しており、フランス革命を批判的に論じることよりも、肯定的に論じることが多いと思います。ただ、この傾向は日本に限らず世界的な現象のように思います。ここではフランス革命への批判をテーマにその概要をまとめたいと思います。ここで論じられていること以外にも重要なこともあると思いますが、ここでは今まであまり論じられることがなかったフランス革命批判について言及したいと思います。
イギリスとフランス革命
フランス革命が勃発すると、イギリスでも革命運動を支持する人たちが活動を活発化しました。代表的な例として非国教会のユニテリアン牧師であるリチャード・プライスが挙げられます。
プライスは終末論や千年王国の到来を強く信じていました。プライスは、フランス革命が聖書の預言の成就であると考えていました。
プライスは同じくユニテリアンのジョセフ・プリーストリーらと共に急進主義組織のロンドン革命協会を1788年に組織していました。協会はロンドン以外にシェフィールド、ノリッジなどで形成されました。
ロンドン革命協会はフランスのジャコバン・クラブと連絡を取りあっていました。また、プライスは1789年に『私たちの国の愛についての談話』というパンフレットを作り、イギリスで革命論争を巻き起こしました。
イギリスでは、政治家たちがフランス革命を受け容れるべきかどうか判断に迷っていましたが、こういったなかでウィッグ党のエドマンド・バークが、ロンドンでの革命論争に対して先陣を切って反対の立場を強調しました。
当時のウィッグ党の指導者チャールズ・フォックスはフランス革命の支持を明らかにしていました。また、当時のトーリー党ウィリアム・ピット政権でも、フランス革命の流れを受けてイギリスでの改革論が展開されました。
しかし、イギリス国内での革命の機運が高まることを恐れたピット政権はフランス革命の過激思想が広がることを警戒し、出版物の抑制に取り掛かりました。
エドマンド・バークへの反論として1791年にイギリスの政治活動家のトマス・ペインは『人間の権利』を出版しましたが、ピット政権下で逮捕状が出され、ペインはフランスに逃亡しました。
『フランス革命の省察』
エドマンド・バークにより1790年に出版された『フランス革命の省察』は、現代の西欧保守思想の起源と目される著作であり、ドイツのロマン主義の小説家ノヴァーリスはこれを革命に反対する革命的な著作と評しました。
バークは、革命家たちが要求する過激な自由や平等という考えを批判しました。現代にあっても人間の権利は過剰に要求されています。他人に迷惑をかけなければ何をやっても構わないという考えも一般化しつつあります。
バークは人間の権利というのは、革命家たちが主張するようなものではなく、中間的な性格のものであり定義不能であるとさえ言っています。
革命家たちは彼らの革命の理念によって、人々を欺いて、人間としての在り方から逸脱させ、最終的には本来受けることができる恩恵を剥奪することになるだろうという厳しい意見を述べています。
保守主義の限界
現代の日本の保守派は必ずしも西欧の保守思想も、そしてバークの警告も継承していないものがほとんどです。その是非については様々な解釈があるでしょう。
しかし、注意しなければならないのは、現代の日本の保守派はバークが批判した革命家たちの理念、すなわち人権思想や友愛結社の理念こそが人類普遍の価値であるという思想的に完全に逆転しているという点です。
個別に一つ一つ事例を挙げるまでもなく、多くの日本の保守派の言論人は、フランス革命流の人間の権利を主張し、中には構造改革の名のもとに伝統的な価値観を率先して破壊することに喜びを感じているような人々が保守の看板を掲げているという事態にまでなっています。
また一方で、欧米諸国においても、西欧の保守思想のなかからバークの反革命の色調が薄められています。非常に幅広い考えが保守という分類の中に組み込まれ、ジャコバン派の過激思想が混入しています。
日本も、そして欧米も、保守という立場のなかに人権思想が一般化しています。そればかりか、後に述べますが、共産主義の思想に保守の看板を掲げることを許している状態となっています。
私がここで強調したいのは、バークが当時突如としてヨーロッパで沸き起こった革命家たちの思想に対して、伝統主義的な立場から革命家たちの傲慢さ、野蛮さ、貪欲さ、復讐心、情欲、偽善を指摘し、その破壊衝動を見抜いた点です。
しかし、残念ながらフランス革命の暴虐さに対するバークの警笛は、長い歴史の積み重ねと共に、保守論の中からその重要性を失いつつあると指摘せざるをえません。
フリーメイソンと反革命
バークは政治思想を元にフランス革命を批判しましたが、一方でフランス革命の実情やその背後の世界を目の当たりにして革命を批判した人々がいました。
バークは当初、ジャコバン派の活動についてその背後にどのような組織がいるのか測りかねていたところがあります。その後の情報から革命批判の内容も変容していきました。
フランス革命の背後にフリーメイソンの存在があることを指摘したのはフランスカトリック教会の聖職者でした。
ジャック・フランソワ・ルフランJacques-François Lefrancはユーディストの聖職者でした。ユーディストはカトリックの一宗派であり、フランス革命期の聖職者民事基本法を拒否しました。また憲法制定国民議会により、1791年にユーディストは議会を追放されました。
ルフランはこの年にフリーメイソンが革命を支援していることを指摘しましたが、1792年に180名の宗教者と一緒に暗殺されました。
イギリスではスコットランドの自然哲学者ジョン・ロビソンがフリーメイソンとイルミナティの陰謀について著作を書いています。
ジョン・ロビソンは物理学の分野でも才能を発揮して、1769年にはクーロンの法則を予想していたと言われています。しかし後年は熱烈な陰謀理論家としてイルミナティおよびフリーメイソンの陰謀を批判しました。
ジョン・ロビソンは1797年の『ヨーロッパとすべての宗教と政府に対する陰謀の証拠』の中でフランスの革命家たちの多くがフリーメイソンとして、イルミナティとして行動していると指摘しています。
大東社のグランドマスターであるオルレアン公ルイ・フィリップ2世を中心にジャコバン派のミラボーやシェイエスなどの名前が挙げられています。
ジョン・ロビソンの著作はスタイナー牧師によってジョージ・ワシントンにも送られており、アメリカでのイルミナティの活動についての危険性が伝えられています。
1797年にフランスのイエズス会の司祭は、オーギュスタン・バリュエルは『ジャコバン派の歴史を描いた回顧録』の中でバイエルンのイルミナティとジャコバン派がフランス革命に関与していることを指摘しました。
バリュエルはフランス革命によってイギリスに避難することを余儀なくされました。バリュエルはイギリス国民に向けてこの著作を書き、英語の他にドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポーランド語にも翻訳されました。
第一巻と第二巻で、フランスの啓蒙思想家のヴォルテール、ルソー、モンテスキューらを反ローマ・カトリック教会、反君主政の陰謀家として批判し、第三巻で、フリーメイソンとイルミナティによる革命運動の陰謀を指摘しました。
バリュエルは、フランスの啓蒙思想家、フリーメイソン、イルミナティの陰謀はジャコバン派によって達成されたと考えました。
現在ではロビソンやバリュエルによるジャコバン主義批判は、陰謀論のはじまりの一つとして捉えられることも多いと思いますが、実際にバリュエルの言及の中には誤りを証明することができない内容を含んでいるという点を考慮する必要があるでしょう。
フランスではほかにフランソワ・シャトーブリアンや彼の亡命仲間であるジャック・ド・ラ・トコナイが反革命の立場から著作を書いています。
シャトーブリアンは1796年の『革命に関するエッセイ』などで反革命を支持し、旧体制を擁護しました。トコナイもまた1797年に『フランスの革命の原因』を著し反革命の立場を示しています。
一方、サルディーニャのフリーメイソンであるジョゼフ・ド・メーストルは1796年に『フランス革命についての考察』を著し、神の意志に基づく摂理という考えを元に革命批判を行っています。
メーストルの反動思想は、原罪を重視しており、フリーメイソンやイエズス会の影響を受けた上での革命批判であるように思えます。
また、現代でもフランス革命が生み出した理念を賞賛する内容の書籍が多い中、フランスのジャーナリスト、ルネ・セデヨは『フランス革命の代償』の中でフランス革命の功罪をまとめ、フランス革命の負の側面についてまとめました。
補足
革命に対しては他にもフランスの批評家イポリット・テーヌによるものや、心理学者のギュスターヴ・ル・ボンによるものなどを含めて比較的早くからフランスを中心に批判的な言論が多数あります。しかしながら、日本の現代史や日本国憲法の影響から日本国内でこれらの批判について言及されることはまずありません。
日本では人権宣言が普遍的な価値観であるという、意図的な刷り込みが繰り返し、マスメディアによって喧伝されています。人権宣言やフランス革命にも当然ながら否定的な言及が多数あります。この国では意図的にこのような批判を論じないようにしているという事実があるということを私たち日本国民は頭の片隅に入れておく必要があると思います。
さいごの一言
最後までお付き合いいただきありがとうございました。ご感想などありましたら、気軽にコメントください。
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