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【連載小説】傘とブラックコーヒー ②

 偶然、今日の授業は三限までだった。昨日は一晩中、溜まっていた提出間近のレポートとの泥試合を繰り広げたため、今すぐにでも家に帰って、眠りにつきたい気分だった。半ば、脅迫ともとれる彼女の言葉を思い出し、僕はしぶしぶ教室へと向かった。
教 室を覗くと、彼女は机に伏せていた。寝ているのか。強引に誘っておいてそれはないだろう。しかも僕は今日徹夜明けだ。
「はあ。」と少し大きなため息を漏らしてしまった。

「わあ、びっくりした。ごめんなさい、寝てました。」
 
僕のイライラはピークに達していた。

「あの、僕帰りたいんですけど。」

あ、ごめんなさい。じゃあ行きましょうか! ついてきてください!」

脈絡がない。一体なんなんだこの人は。それでもついて行ってしまう僕の判断力はとてつもなく鈍っていた。まあ徹夜のせいだろうな。「知らない人にはついて行っちゃダメだよ。」子どもの頃に言われたことを思い出した。

 大学周辺は、優雅なひとり散歩のおかげで一通り認知しているつもりだった。だが彼女は、僕のひとり散歩では知り得なかった路地裏をするすると抜けていく。もはやこれは誘拐である。
 大学を出てから、こっちです、などと必要最低限の会話しかないのも少し気がかりで、不気味ささえ感じる。と思いつつも、女の子に知らない場所に連れて行かれるなんて素敵だ、と純粋なのか不純なのかよくわからない感情が湧いてしまっているのも事実だ。
 自分は今どこにいるのか全く見当もつかなくなってきた頃、一軒の喫茶店が突如目の前に現れた。
 
「着きました。ここです。」

 こんな喫茶店あったのか。まっすぐにそう思った。一度もこんな場所があるという噂を聞いたことがないし、インターネットなどでも情報の欠片も見たことがない。

「とりあえず中へどうぞ。」

彼女に言われるがまま、僕は謎の喫茶店の扉を開けた。

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