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【掌編小説】フラッシュバック

年末の仙台駅は、午前中でも人の多さで具合が悪くなる。キャリーケースを引きながら改札から出てきた大学生くらいの男性は、これからまたバスや地下鉄に揺られて、人の多さと、暖房の効きすぎた車内で吐きそうになりながら帰るのだろうか。それとも、親か誰かが迎えに来てお昼ご飯を食べながら帰るのだろうか。そんなことを考えながら、僕はもう一度、昨日ダウンロードしたパズルゲームに夢中になった。広告でよく見るやつだ。待ち合わせの時間はもうすでに三十分以上も過ぎていた。

 

綾と会うのは駅前のカフェで二時間ほどの別れ話した以来、実に三年ぶりだ。就職で上京したはずだが、転職がきっかけで地元に戻ってくるらしい。と、一か月ほど前に突然連絡が来た。久しぶりに会いたいのだという。どうかしている。

「ごめーん! 待ったー?」

「ちょっと待った。」

「ほんとごめんて! 急にごめんねー! でさー!」

本当に自分のペースに持っていく天才だとつくづく思った。このまま喋らせていると、この空白の三年間のすべてを話してしまいそうだったので、とりあえず商店街をぶらぶらすることにした。

 

 綾とは五年ほど付き合っていた。大学生時代のほとんどの時間一緒に居た気さえする。お互いの就職を機に一年間の遠距離恋愛になったのだが、五年間一緒に居たのが噓みたいにあっさりと別れた。まあいくら長く付き合っていても、別れる時なんてそんなものなのだろう。二人でよく行っていたゲームセンターに入り、クレーンゲームをした。千円使って大きめのぬいぐるみを2つ取った。こんなもの取ってどうすると思ったが、千円で全く同じぬいぐるみを三つ取ったこともあったことを思い出した。「二つも取れてラッキー!」と、ご機嫌でカフェに入った。真冬なのに同じアイスコーヒーを頼むところは少しだけグッと来た。ほんの少しだけ。コーヒーを飲みながら、駅でした話の続きをされるのかと思っていたが、意外にも話題に選ばれたのは別れてからの三年間ではなく、付き合っていた五年間のことだった。

「私と付き合っていた時、楽しかったー?」唐突に投げかけられた言葉は僕に正面からぶつかってきた。ただ僕は前を見ていない。スマホを見ていたら、歩いてくる人にぶつかってしまった感覚だ。一瞬ためらったが、僕は素直に「楽しかったよ」と答えた。本当だ。綾と付き合っていた頃は世界が輝いて見えた。まあそれは大袈裟なのだが、大学に通うことに微塵も幸せに感じていなかった僕に小さい幸せも大きい幸せもくれた。アイスコーヒーとその一言で記憶が鮮明に呼び起こされる。昨日まではうっすらとしか思い出せなかったはずなのに、こんなに一瞬で思い出が蘇るのだから、まだ僕は彼女に気持ちがあるのだろうか。その後も二人で思い出を語った。アイスコーヒーは半分以上残っていた。

 

夜の遊園地は目の奥が痛くなるようなネオンサインで支配されていた。昼間の家族連れで賑わうような面影はなく、男女の二人組が多かった。必死に会話をリードする男、普段そんな服なんて着ないだろうという気合の入れ方をしてきた女、まあ特に言うことがないほどお似合いのカップル。ネオンサインの色の数ほどの、いや、それよりも多い個性豊かな人であふれていた。

僕らは夜の遊園地の定番である、観覧車に乗った。というのも、もう既に閉園間際だったのでやっているアトラクションがそれくらいだったわけで、仕方なく観覧車に乗った。ということにしておこうと思う。

「ねーねー! あんな建物あったっけ?」

「あれはね最近できたやつだよ」

「あの建物はー?」

「一緒に行ったことあるイタリアンレストランが入っているビルだよ」

ロマンチックの欠片もない会話ばかりをしてあっという間に観覧車は一周してしまった。観覧車を降りると、閉園10分前を知らせるアナウンスが響いていた。

「もうそろそろ帰ろうか。」そう言いかけた時、

「ねーねー! あれ乗ろうよ!」

僕らは反時計周りのメリーゴーランドに乗った。

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