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【連載小説】傘とブラックコーヒー ①

 
「失くしたモノを見つけられる能力が欲しい。」
 傘を失くす度に僕はそう思う。まあまず、失くし物をしない努力をすればいい話なのだが、身に付いた悪癖はそう簡単に直るものではない。毎日、スマホをどこに置いたのかと自分の家の中を捜索し、財布はどこだと癇癪を起こし、自分への憤りと毎日戦闘中だ。今日だってそうだ。授業が終わり、教室を出ようとすると、僕の傘は跡形もなく消えていた。この場合、「失くした」ではなく「盗られた」なのだが、いずれにせよ僕の傘は知らない誰かの家路についているはずだ。非常に不愉快だ。
 その一方で、誰かが雨に濡れないのであればいいか、と人助けをしたように思えるので、僕はきっと良い人なのだろう。幸い、僕の家は大学からそう遠くはなかったので、土砂降りの中を歩いて帰った。不思議と雨は心地良かった。

 翌朝、寝ぼけたまま一限に向かうと、僕の傘は何事もなかったかのように昨日と同じ場所に戻っていた。退屈な一時間半を耐え抜き、傘を取り戻し、次の授業の教室に向かおうとした時だった。

「その傘。」
同じ教室に居たであろう女性が話しかけてきた。
「あの、その、あなたの物とは知らずに。」
「はあ。」
「本当にすみませんでした。」
「まあ、大丈夫です。」
謝ってきた女性は、眼鏡をかけていて、どこにでも居そうな服装で、どこにでも居そうな髪型で、どこにでも居そうな大学生だ。
「あの、ご迷惑をお掛けしたので、なにかお詫びをさせてください。」
「いやいや、大丈夫です。」
「そういう訳にはいかないです。お詫びをさせてください。」
「いや、本当に大丈夫です。傘が戻ってきたので。」
思いの外しつこかったので、少し煩わしかった。
「すみません。僕、次の授業があるので。」
「あ、引き止めてすみません。」
「いやいや。むしろ傘返してもらってありがとうございます。それでは。」
「あ、いや、あの、じゃあ、15時にさっきの教室で待ってます!」
さすがに強引すぎる。僕は次の授業の教室へと向かった。


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