規範的理論と帰結主義・非帰結主義
規範的理論
規範的理論とは、「どうすべきか」という問いに対する回答をもたらす根拠を示してくれる理論である。簡単に言えば「べき論」が規範的理論ということができ、こうしたべき論に基づく命題を当為命題という。一方、当為命題とは異なり、現実を描写する命題を事実命題と呼ぶ。例えば、「日本人の平均寿命は83歳である」というのは事実命題である。
梅津 (2002) は、当為命題の特徴を事実命題との比較によって導き出している。第一の当為命題の特徴は、それが事実命題によって検証されたり、反証されたりしない、という点である。例えば、日本企業の取締役の多くは男性であるが、こうした事実から企業の取締役は男性であるべきである、という当為を導くことはできない。むしろ、公正さやダイバーシティという観点から、女性の取締役の重要性は年々高まっているのであり、取締役は男性である、という事実と取締役は男性であるべき、という考えを混同してはいけない。
第二の特徴は、当為命題が事実を見つめながらも、それを超える事態を指示し、何らかの変革やそれを達成するための行為を要求している、という点である。すなわち、当為命題には善・悪や正・不正といった価値判断が含まれており、このうち善や正の行動を推奨し、悪や不正に関する行動を抑制するという側面が当為命題には含まれているのである。例えば、「わが社はダイバーシティに関する施策に取り組むべきだ」、という当為命題には、ダイバーシティに関する施策に取り組むことが正しい行いであり、それを推進する必要がある、という意味が込められている。
最後に、第二の特徴とも関連してくるが、当為命題は理想や目標、ビジョンを描くことと関連している、ということである。例えば、女性の取締役が少ない現状から、ある企業が女性の取締役を増やす、という意思決定をしたとき、この企業は「女性の取締役を増やすべき」という当為命題を受け入れたことを意味する。そして、この結果、企業は女性取締役を増やすための活動をし、組織としてこの目標を達成しようと動機づけられるのである。こうした一連の流れは、企業が女性取締役の多い状態を理想とし、その理想に近づくよう目標・ビジョンを立てていることを意味している。
以上が規範的理論およびそれに関する当為命題に関する説明である。とりわけ、二つ目の当為命題の特徴である「価値判断が伴う」という点は重要である。これは、規範的理論が「どうすべきか」への解答を導くものである一方、その解答が価値観によって変わってくることを意味している。例えば、先ほどの「女性の取締役を増やすべき」という当為命題を男女間の公正という点で支持する人もいるだろうし、「男性か女性かということ自体が問題ではなく、取締役としての役割を最も発揮できる人が男女関わらず取締役になるべきだ」、と考える人もいるだろう。このように、どのような価値観を持っているのか、という点によって導かれる規範が異なってくるのである。それでは、どのような価値判断がビジネス・エシックスの領域においてなされるのだろうか。まずは大きく帰結主義と非帰結主義という観点で分類してみよう。
帰結主義
帰結主義 (Consequentialism) とは、「正しさ」の根拠をその結果や波及効果に見出す考え方である。例えば、女性取締役と企業の財務業績の間に正の相関があることが明らかになっている (Post and Byron 2015)。よって、帰結主義は、企業が女性取締役を採用すべきである、という主張を、高い業績と関係している、という結果によって正当化する。つまり、好業績につながるのだから、企業は女性取締役を採用すべきである、という論理を作るのである。結果による正当化は現在でも多く行われていると言える。例えば営業マンであれば、ノルマを達成できていない場合、上司から結果を出せ、と言われるだろう。そして、結果を残した営業マンが高い報酬を得ることができる、という給与体系は、まさに帰結主義に基づく給与の正当化と言える。あるいは資格の試験や入試などのでも、最終的なテストの点数が重要なのであって、テストに臨む前にどの程度勉強をしたか、どのような勉強の仕方をしたのか、といったプロセスを見ることはない。この意味で、テストの結果を見て合否を判断する、という行為もまた、結果の良いものを選択するのが正しい、という帰結主義的な考えを反映していると言えるだろう。
非帰結主義
一方、非帰結主義とは帰結主義とは異なり、結果ではなくその結果が導かれるプロセスから規範を導き出す。先ほどの女性取締役を採用するケースを考えてみよう。例えば、非帰結主義では女性取締役を採用する理由として、こうした人を採用すると業績が高まることを根拠としないだろう。むしろ、女性には男性と等しく取締役になる権利があるはずだ、といった結果以外の要素に正しさの根拠を求める。この場合、女性取締役を採用して企業の業績が上がるかどうか、という判断基準は重要ではなくなり、男女平等であるべきだといった権利に関する考え方や、社会的にそれが認められている、といった社会的合意の観点から女性取締役の採用を正当化されるのである。
もちろん、帰結主義と非帰結主義は、正しさの根拠において相違がみられるものの、常に相反する結果が導き出される、というわけではない。上記の女性取締役の例で言えば、帰結主義でも非帰結主義でも女性取締役の導入には賛成するだろう。また、人はある時は帰結主義的な考えを取り、あるときは非帰結主義的な考え方をしてしまうものである。つまり、状況に応じて人は考え方を変えてしまうのである。それゆえ、意思決定がどのような価値判断によってなされたのか、どのようにして結論が導き出されたのかを理解する上で、帰結主義と非帰結主義の立場の違いを理解しておく必要があると言える。
References
Post, C., and Byron, K. (2015). Women on boards and firm financial performance: A meta-analysis. Academy of Management Journal, 58(5), 1546-1571
梅津光弘 (2002) 「ビジネスの倫理学」丸善出版.