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さよならE4系Max

私の記事は、いつもちょっとタイミングが遅い。
今日もそう。
知っている人は知っていると思いますが、10/1に東京—新潟間を結ぶ上越新幹線のE4系通称「Max」がラストランを迎えました。
Maxへの想いが深い私は、自分なりにMaxへのけじめをつけようと、何か書こう何か書こう…と思っているうちに、あっという間に今日になっていました…。
本当は10/1に合わせて書きたかったんだけどなぁ…。

私と新潟とMax

Max最大の特徴は、「2階建て」ということ。
一時期は東北新幹線でも一部運行していたみたいですが、現在は2階建ての新幹線は上越新幹線のみ。
そのため、今回のラストランを持って、全国から2階建ての新幹線が消えることになります。

以前、47都道府県制覇に関する記事を書いたときに、母が新潟出身であることを書きました。

その影響で小さい頃から何度も新潟に足を運んでいますが、その回数30回以上。
そして新潟に行く時に必ず利用していたのが、「上越新幹線」———今回ラストランを迎えるMaxでした。
以前から、うっすらE4系が引退すると言う話は聞いていましたが、下記の動画を見て、ついにいよいよ現実のものになってしまうんだと知りました。(遅い)

第二の故郷でもある新潟県。
毎年お盆になると新幹線に乗って、長岡駅まで親戚に迎えに来てもらいました。
「あさひ」がなくなり、今度は「Max」もなくなる…
新たなものが生み出される一方で、惜しまれつつ消えていくものがあるのが鉄道ですが、今回のE4系Maxが終了する、というのは言葉には言い表せない寂しさがありますね。

前デザインのMax

今回の引退を受けて、Maxのことを改めて調べてみましたが、E4系Maxが上越新幹線で運用開始したのは2001年だそうです。
(どうもその前からE1系という2階建ての新幹線は運行していたようですが、記憶が定かではありません。)
当時私は11歳。
毎年夏のお盆に新潟に行っていたのですが、その年の夏は、2階建ての新幹線なんだ!とワクワクしたのを今でも覚えています。
だからでしょうか、運行開始からしばらく経っても(むしろ今でも)、Maxと聞くと『珍しくて』『特別な』新幹線で、乗るたびに新鮮な気持ちになるのです。

これは2013年に、一人で新潟に行ったときに乗ったMax。
2014年からMaxはデザインが現行のものに変わっているので、これは前デザインのMaxです。
当時はまさかMaxのデザインが変わるとは思ってなかったので適当に撮った一枚でしたが、今見返すと私の手元に唯一残っている貴重な一枚です。

現行デザインのMax

2014年以降の写真を確認してたら、出てきました現行デザインのMax。
今でこそ、Maxは白い車体+紺と朱鷺色のラインと言うイメージですが、初めて見た時は不思議な感じでした。
(ちなみに私の中の上越新幹線は、白い車体に緑のラインの200系という車種のイメージが強いので、そもそもそれ以外のデザインを見ると違和感が強いのですが…)

上の写真のように近距離で撮ると、Maxの角刈り頭があまり目立たない感じがします。
目の錯覚なのかしら。
2階建てならではの角刈り頭、他の新幹線にはないぶちゃいくな顔が、愛らしくて好きでした。

車体の側面には、新潟と言えばの鳥「朱鷺」が描かれています。
今思えばなのですが、こんな風に大きなイラストが描けたのは、2階建てだからこそなんですよね。

Maxの運用は8両編成と16両編成があります。
これは16両編成の運行で、8両×8両の連結部分です。
鼻がぱかっと開いてこんな風に繋がっているんだな、と妙な感動を覚えて撮った記憶があります。
タイミングが合えば切り離しとかが見れたみたいですね。
一度で良いから見てみたかったなぁ…。

ちなみに私は2階席に座って見下ろす景色も好きでしたが、意外と1階席のホームを下から見上げる景色も好きでした。
日常生活で考えると、高いところから景色を見渡す(展望台に上ったり、歩道橋から遠くを眺めたり等々)ことと比べると、下から上を見上げる頻度ってそんなに多くはないと思うんですよね。
ホームの地面が目線の高さにあると、こんな風に世界が見えるのか、と異次元な世界に来た感じがして、ワクワクしたものです。
1階、2階それぞれの景色が見れなくなるのは非常に残念です…

さよならMax

小さい頃から乗り続けてきたMax。
Maxとの歴史抜きには「私」を語れない―――それほどまでに思い入れの強い新幹線でした。
Maxを見るたびに、新潟で楽しく過ごした思い出が止めどなく蘇ってきます。
新幹線に乗るということは私にとって非日常でしたが、Maxは非日常な上にエンターテインメント性を兼ね備えた唯一無二の存在で、幼かった私はすっかりMaxの虜になっていました。

今回、ラストランを迎えたということで、本当に言葉には言い表せない寂しさが、今も続いています。
新潟出身の母はもちろん寂しがっていますが、普段センチメンタルにならないさっぱりとした性格の妹ですら、Maxが運行終了と聞いて「そういえば2階席を確保するために、車両の端から端まで走らされたな…」としみじみ語っていました。
私にも、母にも、妹にも、それぞれMaxへの思い出があるように、Maxを見るためにホームに集まった人達の映像を見ると、Maxを利用したことのある人は、皆それぞれにMaxとの忘れがたい思い出や歴史があるんだと感じました。
それだけMaxという存在には、魅力が詰まっているのでしょうね。

さようなら、Max

そして、ありがとう、Max

あなたと共にある私の新潟の思い出は、決して忘れることはありません。
色々な理由で、2階建ての新幹線は恐らく今後運行されないだろう、と言われていますが、いつかまた、会える日が来ることを楽しみにしています。

いつまでも忘れないよ。

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