〝わたし〟とヨーガの軌跡 2️⃣
真っ白な長い髭、深い顔の皺、身に付けているのはオレンジの腰巻き一つ。
そして、極め付けは鼻緒のない石の下駄を足の親指と人差し指で上手に掴んでゆっくりと階段を上がってきた老人。
ここはインド。
とあるヨーガの修行場だが、インドでは彼らの宗教であるヒンドゥー教とリンクしているところがありこの場所はそんなところ。
まだ若くインドにも通い始めたばかりのインド初級者の僕はその“the 仙人”ルックスの老人先生にグッと引き込まれていた。
彼は老人だが僕の目には子供のようにも見えた。
楽しそうに目をキラキラさせながら海の向こうのどこかわかっていない島国からきた僕らを眺め何やら話している。通訳に入ってもらってはいるがインド人の日本語通訳ですからそれもまたどこか愛おしい通訳だ。
僕は今日までインドを始め様々な国で学び励んできたが、どこの国でも”話を聞くこと”には定評がある。何やらいつも君は良いね〜なんて言って頂くこともある。
それは僕が彼らの言語や想いを良く理解しているなんてことでは間違いなくない。むしろその逆でそんなことどうでも良いから彼らとただ繋がって聴いてる。少年先生といる僕は少年でしかなくてきっと僕の目もキラキラとしていたんだと思う。
一通り好きなことを先生は話したんだろう。
「何か質問はあるか?」と締めの言葉。
そこで出てきた質問は僕にとってとてもとても大切なこと。
『あなたにとってヨーガとは何ですか?』
この質問に少年先生は即答した。
「ヨーガとは我をなくすことじゃ」
当時の僕にとってこの言葉は光り輝いているようだった。
僕は我をなくすためのこのヨーガの世界にやってきたから。
※〝わたし〟とヨーガの軌跡 1️⃣ を見てもらえるとス〜っとします。
この時僕はもう何年もヨーガを練習してきていて自分の練習の成果を知っていたしまわりにいる同様の練習者達も良く知っていた。
僕をはじめ誰1人として我は消えるどころか小さくすらなっていなかった。
むしろ他の物事同様に膨らんでいく我と過ごしているように感じていた。
僕がヨーガに見ていた光は本当に光だったんだとこの時思った。
「大丈夫じゃ。練習に励むがよい。」
そう言ってもらった気がしたこの時から僕の狂ったような練習の日々はまたグッと加速していくことになる。
これは僕の16年間の長い記録のほんの一瞬の出来事。
終わりが見えないこの記録を書きはじめてしまった。。。
実はもうすでに1️⃣とは話の時系列は無茶苦茶だけれど薄れていく記憶を繋ぎ止めるために書き続けていこうと今は思う。
今日はこのくらいで。
ではでは。またまた。
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