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『雪だるまの雪子ちゃん』が教えてくれたこと

石油ストーブのにおい。

落ち葉を踏む音。

ひんやりと清潔な空気。

わたしのお腹でまあるくなる犬の温もり。

淹れたてのコーヒーから立ち昇る湯気。

鮮やかに色づく木々。

夕日みたいに眩しい橙色の朝日。

ホリデーに向けて華やぐ街。

ひらひらと舞う落ち葉。

あたたかなブーツとウールのコート。

冠雪した富士山の美しさ。

お出汁のしみた、あつあつのおでん。

冬のあれこれを想像するだけで、心の中にあたたかな幸せが広がる。

そんな冬の素晴らしさを存分に表現してくれているのが、江國香織さんの著書である「雪だるまの雪子ちゃん」です。

野生の雪だるまの雪子ちゃんの毎日が優しく描かれた、宝物のような本。

雪子ちゃんは、勇敢で、賢くて、冷たいバターが好物の、とってもあいらしい雪だるまの女の子です。

雪子ちゃんは本も読むし、お友だちの百合子さんとポーカーだってします。

学校に遊びに行ったり、年越しをしたり、焚き火を楽しんだりします。

中でも私が大好きな一節があります。

野生の雪だるまはみんなそうですが、地上にいることをすばらしい冒険と考えていますから、毎朝、起きることがたのしくてしかたないのです。

江國香織『雪だるまの雪子ちゃん』より

この一文は、単行本の帯にも載っています。

この一文には、雪子ちゃんの魅力がつまっている気がします。

雪子ちゃんはいつだって、地上で経験することを全て、味わい尽くしているのです。


この本が刊行されたのは、2009年です。

私が初めてこの本を手にしたのも、10年以上前、冬のことだったと思います。

本屋さんで見かけて、息を呑むような装丁の美しさに惹かれて購入したのを今でも覚えています。

江國香織さんの綴る美しい文章に引き込まれ、一気に読み終えました。

当時20代前半だった私は、冬になるとスノーボードをしにゲレンデに足を運んでいました。

当時は、ゲレンデに行くたび、リフトに乗って雪山の斜面を進みながら、山肌に並ぶ針葉樹の木々に目を凝らし、雪子ちゃんを探しました。

雪子ちゃんは、舞い散る雪と一緒に空から降ってきて、木の枝に引っかかった後、地上に降りてきたのです。

だから、もしかしたらあの針葉樹の枝に雪子ちゃんが引っかかっているかもしれないと思って。

うさぎの足跡に混ざって、かわいい雪だるまの女の子の足跡がついていやしないかと思って。

残念ながら、まだ雪子ちゃんには会ったことがないけれど、今でも、きっとどこか雪深いところに、雪子ちゃんはいるような気がしています。

冬の訪れを感じる時、私の心の中に雪子ちゃんがやってくるのです。

雪子ちゃんは、夏の間は眠っています。冬眠、ではなく夏眠です。

夏の間は、私の心の中の雪子ちゃんも眠っているのかもしれません。

冬になると雪子ちゃんが私の心の中にやってくると思っていたけど、

雪子ちゃんはもしかしたらいつも私の心の中にいるのかもしれません。

今、ふとそんな風に思いました。

私の心の中にも、誰の心の中にも、日々を味わうことのできる雪子ちゃんのような純粋で無垢なものが存在するのかもしれません。

その存在に気づき、掬い上げ、大切に愛でることで、人生を謳歌できるようになるのかもしれません。

この本に出会い、雪子ちゃんの魅力を感じた時、自分自身の中の雪子ちゃんの存在が私の心を叩いたから、こんなにも私はこの本が好きになったのかもしれません。

こうして文章を書くうちに、もっともっと、この本が好きになりました。

今年もまた、私の大好きな冬がやってきます。

今年の冬は、きっといつもと一味違います。

心の中の雪子ちゃんの存在に気づいてしまったからです。

心の中の雪子ちゃんと一緒に、生きることのよろこびを存分に味わいながら、新しい冬をすごしていきます。

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